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新型コロナウイルスの不活化を実現する 卓上型エアカーテン装置を開発!

 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学 未来材料・システム研究所の内山 知実 教授と天野 浩 教授、および大学院医学系研究科の八木 哲也 教授らの研究グループは、名古屋大学医学部附属病院、独立行政法人国立病院機構名古屋医療センターの岩谷 靖雅 部長、アポロ技研株式会社、フジプリグループ株式会社および株式会社アイディーネットとともに、新型コロナウイルスSARS-CoV-2を不活化できる卓上型のエアカーテン装置を開発しました。これは、エアカーテン気流の制御技術に深紫外線LED注1)の照射によるウイルス不活化注2)特性を活用した、医工融合技術による成果です。

 新型コロナウイルスの蔓延を抑制するには、対人距離の確保が有効であると提言されています。しかし、病院やクリニックなどにおける問診、採血、治療などの医療行為では、十分な距離の確保が困難な場合が多々あり、患者さんと医療従事者のウイルス曝露リスクの低減が緊急かつ重要な課題となっています。

 この度、十分な対人距離の確保が難しい状況下でも、呼気に含まれるエアロゾル粒子注3)を遮断できる空気壁(エアカーテン気流)を生成する、卓上型エアカーテン装置を開発しました。さらに、本装置に併装する新奇のウイルス不活化装置の開発にも成功しました。この装置は、エアカーテン気流に深紫外線LEDを照射してウイルスを不活化するものであり、名古屋医療センターにおいてSARS-CoV-2ウイルスを用いた実験を実施し、ウイルスを検出限界まで不活化できることを確認しました。

 本装置を用いれば、エアカーテン気流で感染性飛沫を遮蔽することができ、また気流そのものを常にウイルスフリーの状態に保つことができます。しかも、ウイルス不活化に深紫外線LED照射を用いるためフィルタは不要であり、本装置のメンテナンス間隔はLEDの寿命に相当する10,000時間以上と長く、長期連続稼働が可能です。

 本研究成果は、2022年5月17日付国際科学専門誌「AIP Advances」に掲載されました。

 本研究は、令和2年度 科学技術振興機構 研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)トライアウトタイプの支援のもとで行われたものです。


【ポイント】
・気流制御技術に深紫外線LED照射によるウイルス不活化特性を活用した、医工融合技術による成果。
・エアカーテン装置には、エアカーテン気流の強度を向上させる、切断翼を搭載した新奇の噴出ノズルを採用(特許出願済み)。
・本装置で生成したエアカーテンは、呼気に含まれるエアロゾル粒子を空間遮断可能。
・ウイルス不活化装置には、深紫外線LEDを搭載し、効率的な照射を実現(特許出願済み)。
・ウイルス不活化装置は、SARS-CoV-2ウイルスを検出限界まで不活化することに成功。
・エアカーテン装置にウイルス不活化装置を併装するシステムは、フィルタが不要であり、メンテナンス間隔はLEDの寿命に相当する10,000時間以上と長く、長期連続稼働が可能。
・問診、採血、治療など、十分な距離の確保が困難な医療行為の際、患者さんと医療従事者のウイルス曝露リスクを低減可能。
・医療施設のほか、飲食店などの商業施設、事務所、会議室、受付などの事業施設、研究室や講義室などの教育研究施設などでも有用。

 

【研究背景と内容】
〇背景
 新型コロナウイルス感染症の大流行に伴い、マスク着用やキープディスタンスなどの感染症対策が日常生活に浸透しています。一方、病院における問診や採血などの医療行為では、対人距離を十分に確保できない場合が多いため、医療従事者のウイルス曝露リスクの低減が緊急かつ重要な課題となっており、「飛沫感染のリスク低減」「二次感染の抑制」「導入の容易さ・汎用性の高さ」を担保する対ウイルスシステムの開発が切望されています。
 医療現場において患者さんと医療従事者をエアロゾルによる感染から守るには、両者を空間的に遮断する必要があり、遮断方法として透明アクリル板が多用されていますが、透明アクリル板が設置されていると、医療従事者が患者に直接触れることができないため、医療行為の妨げとなっています。代わりに、図1に示すように、ノズルから空気を噴出してカーテン状の気流(エアカーテンと呼ばれる)を生成すれば、人体から放出されるエアロゾルの遮断に効果が高いことが示されていますI。ただし、エアカーテンは、一般に周囲の静止空気を連行するため、急速に拡散して崩壊します。よって、優れた空間遮断性能を発揮するには、高い持続力をもつエアカーテンの生成装置の開発が必要です。さらに、二次感染を防止するには、使用したエアカーテン気流に含まれるウイルスを除去することが肝要です。既存のほとんどのエアカーテン装置は、ウイルス除去(捕集)に適したHEPAフィルタを使用していますが、圧力損失注4)が大きいことや、フィルタ交換などの定期的なメンテナンスが必要であることなど、いくつかの問題があります。

     図1:エアカーテンの概略図

 

 本研究グループは、優れた空間遮断力(持続力)と深紫外線LEDの照射による新型コロナウイルスの不活化機能を持つ、卓上型エアカーテン装置およびウイルス不活化装置の開発を進めてきました。この度開発した卓上型エアカーテン装置では、対人距離を確保できない状況や、採血時などに腕がエアカーテン気流を横切る場合(図2)でも、呼気に含まれるエアロゾル粒子を遮断することに成功しました。また、名古屋医療センターにおいてSARS-CoV-2ウイルスを用いた実験を実施したところ、ウイルスを検出限界まで不活化できることが確認されました。エアカーテン装置にウイルス不活化装置を併装した本システムは、患者さんと医療従事者をウイルス感染から守ることが期待されます。

       図2:本装置の使用時の様子(採血時の様子)

 

〇エアカーテン持続力向上のための気流制御技術の開発
 ウイルス感染予防策としてエアカーテン(空気壁)で空間を遮断するには、エアカーテンの強度を長距離にわたって持続させる必要があります。静止空気中に向けて空気をノズルから噴出させてエアカーテンを生成する場合、一般に噴出気流の速度が低下し(図3(a))、エアカーテンは崩壊し、エアロゾルやウイルスなどの遮断効果を急速に喪失します。崩壊したエアカーテンは強い拡散性を持つため、ウイルスを空間中に撒き散らす恐れがあり、逆効果をもたらすことになります。
 このような問題を克服すべく、本研究チームは、後端を切断した翼型(切断翼)をノズル内部に搭載することにより、気流のブースト効果(カムテールの空力特性注5))を発現させ、エアカーテン気流の持続力を高め、その距離を延伸することに成功しました(図3(b))。この切断翼を用いた気流の制御技術は特許出願も済ませています。

 

図3:エアカーテン気流の平均速度ベクトル。

 

〇エアカーテンによるエアロゾル遮断効果の検証
 エアカーテン気流による、呼気に含まれるエアロゾル粒子の遮断効果を実験で検証しました。図4は疑似呼気発生装置から放出されるエアロゾルの速度を可視化した結果であり、高速なエアロゾルほど赤く表示してあります。エアカーテン装置を動作しない場合(図4左端)、エアロゾルは直進しています。エアカーテン装置を作動した場合(図4中央)、エアロゾルはエアカーテン気流に衝突して鉛直下方にほぼ直角に進行方向を変え、エアカーテン装置の反対側に到達しないことが判ります。採血時を想定してエアカーテン気流を横切るように腕を配置した場合(図4右端)においても、エアロゾルの遮断効果を確認できました。以上の実験より、エアカーテン装置を用いることで、問診時や採血時など患者と医療従事者が接近する場合にも、一方から出されるエアロゾルから他方を保護できることを確認しました。

図4:呼気から発するエアロゾルの遮断効果の検証(粒子画像流速測定法による可視化結果)

 

 

〇ウイルス不活化装置の不活化性能の検証
 波長280 nmの深紫外線は、新型コロナウイルスの不活化に有用であることが報告されていますII。本研究で開発したウイルス不活化装置(図5)は、この波長をもつ深紫外線LEDを搭載し、装置内に導かれる使用済みエアカーテン気流に深紫外線を照射してウイルスを不活化します。名古屋医療センターにおいて新型コロナウイルスを用いた実験を実施したところ、ウイルスを検出限界まで不活化できることを確認できました。

図5:ウイルス不活化装置の写真

 


〇深紫外線LEDを用いるメリット
 既存の一般的な空気清浄機には、HEPAフィルタが搭載されています。HEPAフィルタとは、直径0.3μm以上の粒子に対して捕集率99.97%を実現するフィルタと定義されています。ただし、 HEPAフィルタにはウイルスを含む塵やほこりが堆積するため、定期的な交換が必要となります。一方で、エアカーテン気流に深紫外線を直接照射する本装置は、フィルタを必要としないので、圧力損失を低減でき、送風機の小型化と騒音低減を実現できます。さらに、メンテナンス間隔はLEDの寿命に相当する10000時間以上(350mA駆動時)であり、長期連続稼働が可能です。

 

[参考文献]
I.   A. S. Sakharov et al., “Study of an Air Curtain in the Context of Individual Protection from Exposure to Coronavirus (SARS-CoV-2) Contained in Cough-Generated Fluid Particles,” Physics, Vol. 2 (2020), pp. 340-351.
II.   H. Inagaki et al., “Rapid inactivation of SARS-CoV-2 with deep-UV LED irradiation,” Emerging Microbes & Infections, Vol. 9 (2020), pp. 1744-1747.

 

【用語説明】

注1)深紫外線LED:
 深紫外線は可視光線よりも波長が短い光で、特に、200~400 nmの波長域のものを指す。波長別に320~400 nmの「UV-A」、280~320 nmの「UV-B」、200~280 nmの「UV-C」の3種類に分類される。本研究では波長280 nmのUV-Cの深紫外線LEDを使用。高いウイルス不活化機能をはじめとした特長を持ち、水や空気の殺菌をはじめ、医療や工業など多分野へ応用が期待されている。

注2)ウイルス不活化:
 ウイルスの感染力や毒性などを紫外線などで失わせること。

注3)エアロゾル粒子:
 気体中に浮遊する微小な液体または固体の粒子と周囲の気体の混合体のことをエアロゾルと言う。ヒトの呼気中には様々なエアロゾルが含まれるが、新型コロナウイルス感染症患者の呼気中には新型コロナウイルスを含むエアロゾル粒子があり、それを他の人が吸い込むことにより、ウイルスが伝播しうる。

注4)圧力損失:
 流体が機械装置などを通過する際の単位時間単位流量あたりのエネルギー損失を意味する。圧力損失が大きくなるほど、流体は機械装置内部で流れにくくなる。

注5)カムテールの空力特性:
 切断翼の後方で見られる流れが一点に向かって集流する特性のことを指す。一般的に車やロードバイクの形状設計に利用される現象。


【論文情報】
雑誌名:AIP Advances
論文タイトル:Blocking Effect of Desktop Air Curtain on Aerosols in Exhaled Breath
著者:Kotaro Takamure, Yasuaki Sakamoto, Yasumasa Iwatani, Hiroshi Amano, Tomomi Uchiyama  
DOI: 10.1063/5.0086659
URL : https://aip.scitation.org/doi/10.1063/5.0086659


[研究代表者]

未来材料・システム研究所 教授 内山 知実

内山研究室
http://www.is.nagoya-u.ac.jp/dep-cs/uchiyama/


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