《本研究のポイント》
【研究概要】
キラリティという、右手と左手の関係のように鏡合わせの構造同士が異なる性質は、自然界に普遍的に存在し、生命の起源、創薬や
スピントロニクス
(注4)
とも関わる重要な性質です。
東北大学多元物質科学研究所の新家寛正助教と中川勝教授らの研究グループはこれまでに、
円偏光
(注5)
照射により
Mie共鳴
(注6)
の励振された誘電体メタ表面上で水溶液からの
キラル結晶化
(注7)
を誘起すると、円偏光のみの場合よりも結晶の利き手が大きく偏る現象を発見していました(文末の過去のプレスリリース参照)。
今回、研究グループは電磁場解析により、キラルな光場の励振に伴い結晶化前のキラル結晶クラスターに働く鏡像体選択的な光学力の大きさが、結晶核形成に有意な影響を及ぼす可能性があることを明らかにしました。キラリティ科学は、1848年にルイ・パスツールがワインの樽に析出した酒石酸塩結晶に2種類の形があることに気づき、それらをルーペで拡大しながらピンセットで選別したことから始まりました。本成果は、キラルナノ結晶を光のピンセットで選別した可能性を示すものです(
図1
)。
図1: 本研究により示唆された光学キラリティ増強が近接場で期待されるMie共鳴Siナノ構造体上でのキラル結晶化においてキラリティが偏る機構の概要図。ルイ・パスツールは、ワインの樽に析出した酒石酸塩結晶には2種の外形が混在していることに気が付き、ピンセットでその2種を選別し、キラリティ科学を創出した。本研究の解析は、光学キラリティの空間勾配の存在によってキラル結晶クラスターに鏡像異性体選択的な光学力が働くことで、キラル結晶化にキラリティの偏りが生じたことを示唆する。パスツールによるピンセットを用いた巨視的なキラル結晶の選別に対し、本研究は、キラルナノ結晶クラスターの光ピンセットを用いた選別を示唆する。
本成果は、米化学会の科学誌 The Journal of Physical Chemistry C に 6月10日(米国太平洋標準時間)付でオンライン掲載されました。 なお本成果は名古屋大学未来材料・システム研究所の 田川美穂 教授 、新潟大学大学院自然科学研究科の後藤和泰准教授、大阪大学大学院工学研究科の吉川洋史教授、埼玉大学大学院理工学研究科の川村隆三准教授らとの共同研究によるものです。
【研究の背景】
キラリティは、右手と左手の関係のように、鏡合わせの関係にある2つの構造が異なる性質を指します。キラリティは自然界の様々な階層に普遍的に見られ、素粒子、アミノ酸の分子構造やDNAの二重らせん構造、水晶の結晶構造、巻貝や回旋植物のらせん構造、果ては銀河の渦にもキラリティがあります。キラルな物質の左手型と右手型は、同じ熱力学的安定性を示すにも関わらず、生命を構成するキラル分子は、両鏡像異性体のどちらか片方のみが採用されており、このような熱力学的安定性に反した著しいキラリティの偏りは、ホモキラリティ問題として多くの科学者たちの興味を惹き続けています。
人体はホモキラルであるため、接種する化合物がキラリティを示す場合、その利き手によって異なる反応を示し、物質によっては片方が人体にとって有用であるのに対しもう片方が重篤な害を及ぼす場合もあります。例えばかつて鎮痛剤、現在は多発性骨髄腫の治療に用いられるサリドマイドはキラルな結晶で、右手型は薬、左手型を用いると奇形児が生まれる問題がわかっています。
キラリティは生命においてだけでなく、電子スピンの右回りと左回りの自由度を電荷の自由度のように活用することで省エネルギーを実現するスピントロニクスにおいても重要です。結晶材料のキラリティにより、結晶中の電子スピンをエネルギー的に区別することで電子スピンの制御が可能であることや、キラルな有機分子が電子のスピンにふるいをかける効率的なスピン偏極フィルタとなることなどが知られています。物質のキラリティの利き手と電子スピンの方向との間には密接な関係があります。以上のことから、キラル物質の生成において、鏡像異性体の偏りを誘起する因子の解明は極めて重要であることが分かります。
これまでの研究で、キラリティを持つ光の代表格である円偏光を照射することで、キラル分子やキラル結晶の利き手を制御する試みがなされてきました。しかしながら、円偏光とキラル物質との左右非対称な相互作用は一般的に極めて小さく、円偏光により誘起されるキラル物質生成における利き手の偏りはごく僅かであることが知られています。
このような状況の中、近年、光のキラリティの尺度を表す保存量である「光学キラリティ」が注目されています。光の保存量としてエネルギーや運動量が古くから知られていますが、光学キラリティは米ハーバード大学のYiqiao Tang大学院生らによって2010年と比較的最近となってその物理的意味が見出された保存量です。円偏光の持つ光学キラリティよりも強い光学キラリティを示す光場をキラル物質生成に用いることで、円偏光の限界を超えた光によるキラル物質の効率的な制御が期待されています。
これまでの電磁場数値解析による研究により、高屈折率誘電体ナノ構造内部における光共鳴であるMie共鳴の 近接場 (注8) において、光学キラリティが円偏光よりも著しく増強されることが示されてきました。このような背景の下、本研究グループはこれまでに、円偏光よりも強い光学キラリティを示す近接場の励振が期待されるMie共鳴励振誘電体Siナノ構造配列体上で、水溶液から塩素酸ナトリウム(NaClO 3 )という物質のキラル結晶化を誘起すると、円偏光のみでは得られない統計的に有意かつ大きな 結晶鏡像異性体過剰率 (注9) (キラリティの偏り)が観測されることを明らかにしてきました。しかしながら、キラリティが偏る機構は不明のままでした。
機構解明の糸口を掴むため、今回、本研究グループは、光学キラリティの空間勾配の存在により、キラル粒子に働くとされる鏡像異性体選択的な光学力に着目しました。光学力を応用した技術でよく知られている技術は光ピンセットが挙げられます。この技術は、2018年にその開発者である米AT&T Bell研究所(開発当時)の物理学者Arthur Ashkin(アーサーアシュキン)博士にノーベル物理学賞が授与されたことから、その重要性が広く認知されています。光ピンセットは、レーザーを強く集光することで集光点近傍に光電場の空間勾配を形成し、その電場の空間勾配に起因する光学力で誘電体微粒子を捕捉します。この光学力は鏡像異性体選択的ではありません。
これに対し、本研究で着目する鏡像異性体選択的な光学力は、光学キラリティの空間勾配が形成することで、キラルな誘電体微粒子に働く光学力です。これらの光学力は、両方とも ローレンツ力 (注10) に基づく力であり、光学力が働く対象がキラルであるかアキラルであるかの違いによって、それぞれ導出される光学力です。光学キラリティの増強されたMie共鳴の近接場では、光学キラリティがナノ空間に強く局在化しその空間勾配が形成するため、近傍のキラル粒子に鏡像異性体選択的な光学力が働くことが期待されます。
【今回の取り組み】
本研究では、電磁場解析によりSiナノ構造体近傍で発生する光学キラリティの空間分布を計算し、結晶核形成前のNaClO 3 キラル結晶クラスターに働く鏡像異性体選択的な光学力の大きさを見積もることで、キラル結晶核形成に及ぼす影響を議論しました。
本研究グループは、先ず、 有限差分時間領域法 (Finite-Difference Time-Domain method, FDTD法) (注11) による電磁場解析により光のキラリティの尺度を表す量である光学キラリティの入射円偏光に対する増強度を計算しました。 図2 に解析モデルと対応する光学キラリティ増強度の空間分布を示します。Siメタ表面が水溶液に浸漬されている条件と、より実際の実験条件に近づけるために、Pt-Pdナノ粒子その表面に形成したSiメタ表面が水溶液に浸漬されている条件における解析結果を示しました。Siナノ構造中で、光場の利き手が均一な円偏光のおよそ18倍に及ぶ強い光学キラリティ増強が見られることが分かり、光学キラリティ増強はナノ構造表面でも見られることが分かりました。
図2: FDTD電磁場計算の解析モデル概要(上)と解析により明らかとなった円偏光照射により励振するMie共鳴の近接場における円偏光に対する光学キラリティ増強度の空間分布(下)。(上)本稿で紹介する解析モデルは2種類であり、2種ともSiメタ表面がキラル結晶化するNaClO 3 の水溶液に浸漬している条件である。これまでのキラル結晶化実験で用いたSiメタ表面はPt-Pd薄膜(1 nm)がスパッタされており、この薄膜の影響がある場合と無い場合を比較するため、Siメタ表面と水溶液の界面にPtとPdのナノ粒子を設定していないモデル(左上)と設定したモデル(右上)における光学キラリティ増強度を解析した。(下)これら2種のモデルを用いて計算された光学キラリティ増強度のx = 0 nm の面とy = 92.5 nm の面(Siナノ構造体上部表面から2.5 nm離れた面)における空間分布。増強度を示すカラーマップの上限を5と10に設定した光学キラリティ増強度空間分布を示した。
また、Pt-Pdナノ粒子の存在によって、光学キラリティ増強度に不均一が現れることが分かりました。このような不均一性は、光学キラリティの空間勾配が大きくなるように働くことが予想されます。計算された光学キラリティの空間分布を基に、適切なパラメータを設定することで、水溶液中のキラル結晶クラスターに働く鏡像体選択的な光学力を見積もることができます。鏡像体選択的な光学力は、光学キラリティの空間分布の他に、クラスターの半径(r)とキラリティパラメータ(κ)という量に依存します。キラリティパラメータは物質の 旋光度 (注12) に比例することが知られており、先行研究におけるNaClO 3 結晶の旋光度測定から、κ ~5 ×10 -4 程度であることが分かります。 図3 に、右円偏光照射によりMie共鳴を励振した場合における、r = 20ナノメートル( nm:nは10億分の1)のNaClO 3 キラル結晶クラスターに働く鏡像体選択的な光学ポテンシャルを示します。このポテンシャルが小さい位置にクラスターが存在すると、ポテンシャルが大きい位置に存在する場合に比べて、クラスターは安定です。つまり、坂道にあるボールが重力によって下に転がり落ちていくように、光学ポテンシャルの勾配があると粒子は光学力によってポテンシャルの小さな方へ移動します。この鏡像体選択的な光学ポテンシャルは、右結晶クラスターはナノ構造体に近づくほど、左結晶クラスターは遠ざかるほど安定であるということを示しています。つまり、右円偏光照射下では、右結晶クラスターが選択的にSi構造体へ濃集することを示しています。結晶核形成は、溶質の濃度が大きいほど起こりやすく、また、空間中よりも表面上の方が遥かに起こりやすいことが知られています。このことを考慮すると、右円偏光照射下では、右結晶の核形成が左結晶よりも起こりやすいこととなります。このような描像は、右円偏光照射の場合に右結晶が、左円偏光照射の場合には左結晶がそれぞれ優先的に晶出したという結晶化実験の結果と整合的です。
図3: |κ| = 5 ×10 -4 , r = 20 nmのキラル結晶クラスターに働く鏡像異性体選択的な光学ポテンシャルランドスケープ。Pt,Pdの設定されていない条件での解析を左図に、Pt,Pdの設定されている条件での解析を右図にそれぞれ示した。
それでは、この鏡像体選択的な光学ポテンシャルに伴い働く鏡像体選択的な光学力の大きさはキラル結晶核形成に有意な影響を及ぼすのでしょうか。この疑問を議論するために、鏡像体選択的光学力の大きさを見積り、種々の先行研究と比較をすることにしました。 図4 に鏡像体選択的光学力のベクトル分布図を示します。Siナノ構造体近傍において、1フェムトニュートン(fN:fは1000兆分の1)程度の大きさの鏡像体選択的光学力が働くことが分かります。
図4: |κ| = 5 ×10 -4 , r = 20 nmのキラル結晶クラスターに働く鏡像異性体選択的な光学力のベクトルマッピング。Siナノ構造体近傍において、1fN程度の鏡像異性体選択的な光学力が働くことが分かる。
果たしてこの大きさは、両結晶鏡像異性体の核形成頻度に差をもたらすのに十分なのでしょうか。先行研究において、レーザーピンセットにより分子クラスターを濃集することで、例え不飽和な水溶液からでも結晶核形成を強制的に誘起することができるレーザー捕捉誘起結晶化という現象が報告されています。すなわち、この現象における光学力の大きさは、核形成に影響を十分に及ぼす大きさであると言えます。 図5 に光学力のクラスター半径に対する依存性を示します。この依存性から、今回の研究で見積もられた鏡像体選択的光学力は、レーザー捕捉誘起結晶化における光学力と比較可能な大きさであることが分かります。また、先行研究において、生細胞の細胞液を模擬した液体中に分散された半径20 nmの磁性ナノ粒子を、磁石による磁場勾配力により濃集する実験が報告されています。その実験では、2fNの僅かな力でも磁性ナノ粒子を濃集可能であることが示されています。また、水中に分散された半径80 nmのダイヤモンドナノ粒子を、数fNの光学力で輸送可能であることが実験的に示されています。これらのことから、本研究で見積もられた鏡像体選択的な光学力は、キラル結晶クラスターを鏡像体選択的に濃集するのに有意な大きさであることが示唆されます。それだけでなく、過飽和水溶液中のイオンネットワークの生成・消滅により生じる力場の大きさが数fNであることが実験的に求められています。仮に核形成直前のNaClO 3 水溶液中にキラルなイオンネットワークが生成・消滅を繰り返しているとすれば、1fNの鏡像体選択的な光学力は、キラル核形成の両結晶鏡像異性体の核形成頻度に左右の差をもたらす可能性が考えられます。
図5: |κ| = 5 ×10 -4 , 1×10 -3 のキラル結晶クラスターに働く鏡像異性体選択的な光学力の大きさのクラスター半径に対する依存性と不飽和水溶液からのレーザー捕捉誘起結晶化実験において結晶クラスターに働く非鏡像異性体選択的な光学力(電場勾配力)の大きさのクラスター半径に対する依存性、および生細胞中の細胞液を模した液体中に分散された半径20 nmの磁性ナノ粒子を磁石による磁場勾配力により濃集する実験における磁場勾配力の大きさとの比較。
【今後の展開】
本研究によって、光学キラリティの増強された光場とキラル核形成における結晶鏡像異性体過剰との関係が、鏡像異性体選択的な光学力という現象で結びつく可能性が示唆されました。人類は、光の保存量と物質との関わりを駆使することで、現代の生活を支える科学技術を発展させてきました。本研究は、鏡像体選択的な光学力を介したキラル核形成制御という具体的な形で、光学キラリティという比較的新しく未開拓な光の保存量と物質との関わりの一例を示しました。キラリティの科学は、1848年にフランスの細菌学者であるルイ・パスツールがワインの樽に析出したキラルな酒石酸塩の結晶に2種類の外形があることに気づき、その2つの結晶をピンセットで選り分けたことから始まりました。今回の解析で示唆される描像は、ナノスケールのキラル結晶クラスターを光のピンセットにより選別するというもので( 図1 )、このような“光パスツールピンセット”により、ナノ領域でのキラリティに関わる新たな科学の進展が期待されます。
本研究は、科研費 学術変革領域研究(A)「光の螺旋性が拓くキラル物質科学の変革」JP22H05131, JP22H05138, JP23H04572, JP22H05136、基盤研究(B) JP20H02686、国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))「レーザー技術による機能性分子の秩序構造形成制御」JP19KK0128、挑戦的研究(萌芽) JP21K18639、名古屋大学未来材料・システム共同利用・共同研究、住友財団基礎科学研究助成180324、公益信託 小澤・吉川記念エレクトロニクス研究助成基金、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ」事業JPMXP1222TU0004, JPMXP1223TU0011, F-22-TU-w002, F-23-TU-w010、文部科学省「人と知と物質で未来を創るクロスオーバーアライアンス」、文部科学省「物質・デバイス領域共同研究拠点」、東北大学電気通信研究所ナノ・スピン実験施設の支援を受けて実施されました。
【用語説明】
注1)誘電体メタ表面:
メタ表面とは、微細加工技術などによって人工的に作製された疑二次元ナノ構造配列体により、自然界の物質では見られない光学特性が付与された表面である。特にナノ構造体の材料に誘電体を用いたメタ表面を誘電体メタ表面と呼ぶ。これまでに、金属ナノ構造体への光照射により励振する表面プラズモン共鳴の光学特性を利用したメタ表面が広く知られるようになった一方で、近年、誘電体ナノ構造の多様な光共鳴現象を活用することでメタ表面の光学特性の多様性を拡張する研究が注目されている。
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注2)光学力:
物質が光から受ける力の総称を指す。物質に光が照射されると、光の電場により電子が動かされるため、物質内では電荷の偏り、すなわち分極が生じる。電子過剰により負に帯電した部分と電子欠乏により正に帯電した部分は、電場によって互い逆向きの力を受け、それらの力は互いに相殺されるが、例えば、電場の強さに空間的な偏りがあると相殺されない力が残り、この力が物質を動かす力となる。そのため、光学力によって物質を操作することが可能である。
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注3)核形成:
結晶化の最初の過程を指す。結晶化の前段階では、母相中の分子が集合しクラスターを形成する。一方で、クラスター形成に伴い界面が形成される。界面の存在はエネルギー的に不利となるため、系は界面を無くそうとする。その結果、クラスターを消滅させようとする作用が生じる。結果、結晶化前の母相中では、クラスターの生成と消滅が繰り返されていると考えられている。一方で、クラスターがある臨界サイズに到達すると、界面によるエネルギー不利に打ち勝つような、クラスターを安定化させる作用が働き、結晶形成に至る。クラスターがこの臨界サイズに到達し、安定化する過程を核形成と言う。
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注4)スピントロニクス:
固体中の電子が持つ電荷だけでなくスピンの自由度も併せて工学的に応用する分野のことを指す。固体中の電子はマイナスの電荷を持つ。電荷のマイナスとプラスの自由度を情報として活用するのがエレクトロニクスである。一方で、電子には電荷だけではなく、スピンと呼ばれる性質を持つ。スピンは、電子の自転に例えられる性質で、回転の方向には左回りと右回りに対応する自由度がある。この自由度を、電荷のプラスとマイナスのように情報として活用することができる。スピンとエレクトロニクスを組み合わせた造語がスピントロニクスである。
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注5)円偏光:
光は電磁場であり、電場と磁場が互いに誘起しあいながら存在する。電場には方向があるため、電場のベクトルを定義することができる。電場ベクトルが直線上で振動している光は、直線偏光と呼ばれる。一方で、電場ベクトルが回転して振動している光を円偏光と呼ぶ。回転の方向に左回りと右回りが存在するため、円偏光はキラリティを持つ。
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注6)Mie共鳴:
誘電体ナノ粒子やナノ構造体へ光を照射した際に粒子内部で起こる光共鳴現象を指す。高屈折率誘電体に照射された光は、その屈折率のため実効的な波長が短くなり、誘電体のサイズがその短くなった波長と同程度の大きさである場合、誘電体内部で光の共鳴が起きる。この現象をMie共鳴と呼ぶ。
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注7)キラル結晶化:
キラリティを持たない(アキラルな)分子が結晶構造にキラリティを持つ結晶へと結晶化する現象を指す。キラリティとは、鏡合わせの関係にある2つの構造が異なる性質のことを指す。キラリティがあることをキラルといい、キラルな構造の代表例は人間の手の形がある。右手の形を鏡に映すと左手の形になり、これら鏡像体の形は異なるため、手の形にはキラリティがあると言える。キラルな物質には、同じ物質でも右手型と左手型に対応する異なる構造が存在する。キラルな物質の左右を表現するため“利き手”という言葉がしばしば用いられる。一方で、例えば、球を鏡に映した形は球であり、球の鏡像体同士は同じ形を示すため、球にはキラリティが無いことになる。キラリティが無いことをアキラルという。人間の手の形の他に、キラリティがある構造の例として、右巻きと左巻きが存在するらせん構造が挙げられる。キラル結晶化は、結晶化に伴い自発的にキラリティ対称性の破れが起こる現象の一つであるため、ホモキラリティ問題の観点から広く興味が持たれている現象である。また、静置された水溶液を蒸発させるなどの一般的な結晶化法によりキラル結晶化を誘起すると、結果晶出するキラル結晶の右手型と左手型は同数である一方で、溶液を攪拌しながらキラル結晶化を誘起すると、晶出する結晶のほぼ全てがどちらか片方の利き手のみになる現象が知られている。晶出する結晶の利き手に偏りを誘起する因子の探索研究が数多く行われている。
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注8)近接場:
物質へ光を照射したときに、物質表面で散乱される光とともにナノメートル領域に局在した非伝搬の光のことを指す。
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注9)結晶鏡像異性体過剰率:
キラル結晶の左手型と右手型の偏りを定量的に示すための指標となる量。左右結晶の数の差を両者の和で規格化した量である。
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注10)ローレンツ力:
電磁場中で運動する荷電粒子が受ける力を指す。
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注11)有限差分時間領域法(Finite-Difference Time-Domain method, FDTD法):
電磁場計算の手法の一つ。有限差分時間領域法では、空間と時間を離散化し、Maxwell方程式を時間領域と空間領域に関する差分方程式として数値的に解くことで電磁場解析を行う。
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注12)旋光度:
キラルな誘電体物質へ、電場の振動方向の定まった直線偏光を照射すると、透過光の偏光方向は入射光の偏光方向とは異なる方向となる。このように、直線偏光の偏光方向を回転させる性質を旋光性と言う。偏光の回転方向は、キラル物質の利き手に応じて、時計周りと反時計周りとで逆転する。旋光度は、偏光方向の回転角度の大きさを指す。
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【論文情報】
雑誌名:
The Journal of Physical Chemistry C
論文タイトル:
Enantioselective Optical Force as a Potential Cause of Large Chiral Bias in Chiral Crystallization on a
Mie-Resonant Metasurface
著者:
Hiromasa Niinomi, Kazuhiro Gotoh, Naoki Takano,
Miho Tagawa
, Iori Morita, Akiko Onuma, Hiroshi Y. Yoshikawa, Ryuzo Kawamura, Tomoya Oshikiri, and Masaru Nakagawa
DOI:
10.1021/acs.jpcc.5c01253
【過去のプレスリリース】
2024年2月 7日付プレスリリース
誘電体メタ表面のナノ領域で発生する光が結晶のキラリティ制御に有効であることを実証
https://www.imass.nagoya-u.ac.jp/research/20240207_tagawa.html
研究者連絡先
東海国立大学機構 名古屋大学
未来材料・システム研究所
教授 田川 美穂(
田川研究室
)
E-mail: tagawa.miho.z5[at]f.mail.nagoya-u.ac.jp
※メール送信の際は[at]を@に置き換えてください。