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原子分解能2次電子イメージングにより
原子1層レベルで表面原子配列を観察できることが判明

 
本研究のポイント

  • 原子分解能2次電子(SE)注1) 像の表面敏感性を初めて定量的に評価した。
  • 2次元原子層材料二硫化モリブデンMoS2を回転積層した2層積層試料に対して、原子分解能2次電子像を撮影した。
  • 表面第1層の原子配列を表す2次電子像の強度が、第2層に比べて3倍程度高いことを発見し、原子分解能SE像が原子1層レベルで表面原子配列を観察できることを明らかにした。

【研究概要】

 名古屋大学未来材料・システム研究所の齋藤 晃 教授、及部 哲平 博士前期課程学生(研究当時)、日立ハイテクの五十嵐 啓介、佐藤 岳志、松本 弘昭、稲田 博実、東京都立大学の遠藤 尚彦 技術スタッフ、宮田 耕充 准教授、名古屋大学大学院工学研究科応用物理学専攻の宇佐美 怜 博士後期課程学生、竹延 大志 教授らの研究グループは、原子分解能2次電子(SE)イメージングの表面敏感性を初めて定量的に評価しました。研究グループは、2次元原子層材料二硫化モリブデンMoS2を回転積層した2層積層試料に対して、原子分解能2次電子像を撮影しました。その結果、表面層の原子配列を表す2次電子像の強度が第2層に比べて3倍程度高いことを見出し、原子分解能SE像が原子層レベルの表面敏感性を有することを初めて明らかにしました。本研究成果は、2024年9月20日付で公益社団法人 日本顕微鏡学会が発行する国際学術誌「Microscopy」に掲載されました。

【研究背景と内容】

 物質の表面は、触媒反応、腐食を始めとするあらゆる化学反応の最前線であり、その構造を原子レベルで明らかにすることは極めて重要です。
 物質の中には表面の原子1層分だけ内部(バルク)と異なる原子配列を形成するものがあります。表面再構成注2)と呼ばれるこの構造を観察するには表面に敏感な構造評価手法を用いる必要があります。
 走査電子顕微鏡(SEM)注3)は表面構造をナノスケールで観察する大変優れた手法です。走査電子顕微鏡は細く絞った電子線を試料上で走査し、試料から放出される2次電子を用いて像を得ます。2次電子は試料表面から数ナノメートルの深さから放出すると考えられており、したがって表面の原子1層分だけで構成される表面再構成の観察は不可能であると考えられてきました。このため、2013年のJ. Cistonらの原子分解能走査電子顕微鏡による表面再構成構造の観察の報告は電子顕微鏡分野において大変衝撃的なニュースとなりました。彼らはSrTiO3試料の表面に(2×6)表面再構成構造が形成された原子分解能SEM像を取得し、その平均化像からバルク構造の平均化像を差し引くことにより、表面再構成構造に由来する像コントラストを抽出しました。
 彼らの報告でSEM像が極めて表面敏感であることは示されましたが、表面からどれくらいの深さまでの情報がどの程度検出されるかについてはこれまで明らかではありませんでした。
 SEM像の深さ敏感性を定量的に明らかにするため、齋藤教授らの研究グループは、表面と基板からなるもっとも薄く単純な系である、2次元原子層物質注4)を2層積層した試料を観察対象とすることを思い立ちました。2次元原子層物質にはMoS2を選択しました。表面層と第2層が区別できるように互いに30度だけ回転して積層しました。
 観察には2次電子(SE)検出器および環状暗視野(ADF)検出器を搭載した走査透過型電子顕微鏡(STEM)注5)((株)日立ハイテク製 HF5000)を加速電圧200kVで用いました。この装置はSE像とADF-STEM像の同時取得が可能であり、ADF-STEM像で試料の投影構造を確認しながら、SE像を観察することができます。

【成果の意義】

 まず、単層MoS2に対して原子分解能2次電子像観察を行い、MoとSからなる六員環によるハニカム構造が観察されることを確認しました(図1)。
 次に、2層試料から原子分解能2次電子像観察を行いました。ADF-STEM像により2層のMoS2が30度回転して積層していることを確認した領域からSE像を取得したところ、単層領域でみられた六員環に類似した像コントラストが確認されました。
 SE像のフーリエ変換注6)図形には6回対称をもつ2つのパターンが互いに30度だけ回転して重なっており、それらの強度比は3〜4:1でした。第2層からのSE収量が低い理由は、第2層から放出したSE電子が表面層を通過する際にその一部が表面層で散乱もしくは吸収されるためと考えられます(図2)。この2次電子の減衰が、SE像の高い深さ敏感性を与えることがわかりました。
 また、2層領域のSE収量は単層領域の1.5倍程度であることが判明しました。これらの事実から、2層領域では1層あたりの2次電子放出量が単層領域にくらべて大きいことが導かれます。2層領域で1層あたりの2次電子放出量が大きい理由は、2層領域では単層領域にくらべてプラズモン注7)励起過程が増大し、プラズモン励起ともなう2次電子放出過程が増大したためと考えられます。
 表面層からのSE収量が第2層にくらべておよそ3倍高いことが判明し、極めて高い表面敏感性を有していることが判明しました。これは2層目から放出したSEが表面層で散乱・吸収されるため、その一部が検出器に到達できないためと考えられます。
 本研究により、原子分解能SE像は2層積層した2次元原子層物質MoS2の表面層と第2層を判別できるレベルの表面敏感性をもつことが初めて明らかになりました。本研究の成果は、原子分解能SEM像が試料最表面の構造を原子レベルで観察できることを明らかにする画期的なものであり、今後、表面科学の分野へ大きな波及効果を与えることが期待されます。

図1
(a)単層および2層MoS2の両方を含むADF-STEM像。左上側のやや暗い部分が単層領域でそれ以外の明るい部分が2層領域である。2層領域では、白丸で強調したような明るいドットが車輪状の配列がみられる。
(b) (a)の白丸で示した領域を拡大したADF-STEM像。
(c) 30度回転積層した2層MoS2の原子配列を重ねた像。大きな球と小さな球はそれぞれMo原子とS原子を表す。
(d) (a)のADF-STEM像と同時取得したSE像。
(e, g) (d)の左側と右側の白い点線の長方形で示した領域を拡大したSE像。
(f, h) (e)と(g)にMoS2単原子層の原子配列を重ねた像。

 

図2
2層MoS2からの2次電子生成と放出の模式図。
(a)入射電子ビームは同じ電流密度で表面層と第2層を照射するため、SEの生成量は同じである。
(b)生成したSEのうち十分な運動エネルギーをもつものは各層から脱出する。検出器側に位置する表面層から出たSEは何に遮られることもなく検出器に到達することができる。一方、第2層から出たSEは、表面層を横切って検出器に到達しなければならない。第2層からのSEの一部は表面層に散乱・吸収されるため通過できず、SE像形成に寄与できない。

 

【用語説明】



注1)2次電子(SE):
 試料に電子線を入射すると、入射電子は自身のエネルギーの一部を試料内の電子に与え、その電子を放出させる。この放出した電子を2次電子と呼ぶ。2次電子のエネルギー分布は数10eVにピークをもち、高エネルギー側にブロードに広がっている。入射電子線は試料中で散乱を繰り返し、涙状に広がり、その各点で2次電子を生成するが、試料の深部で生成した2次電子は試料から脱出することができないため、2次電子として検出されるのは試料表面近傍のおよそ10nm以内で生じた2次電子と考えられている。(↑ 本文に戻る)

注2)表面再構成:
 結晶の表面上の原子が結晶内部とは異なる配列を形成すること。表面は結晶の切断面が現れたものと考えられるが、物資によっては内部に比べて長い周期構造(超格子構造)を形成するものが存在する。Si(111)表面に形成される(7×7)構造が表面再構成の代表例である。(↑ 本文に戻る)

注3)走査電子顕微鏡(SEM):
 細く絞って入射した電子線を試料上で走査し、試料から放出される2次電子、反射電子等を検出することで試料を観察する顕微鏡。試料の表面構造を微細に観察することができる。(↑ 本文に戻る)

注4)2次元原子層物質:
 グラフェン、六方晶窒化ホウ素、遷移金属ダイカルコゲナイドのような厚みが原子1個分から数個分以下の物質。原子の配列が2次元的になることで、電気伝導、光学特性などに3次元的物質にはない特異な性質を示すことが知られている。(↑ 本文に戻る)

注5)走査透過型電子顕微鏡(STEM):
 細く絞って入射した電子線を試料上で走査し、試料を透過した電子を検出することで試料を観察する顕微鏡。試料の表面構造を微細に観察することができる。検出する電子の散乱角により得られる情報が異なる。おもに透過波を含むものは明視野、透過波を含まないものは暗視野と呼ばれる。暗視野は透過波を取り囲むような円環状の検出器(ADF検出器)を用いることが多い。特に高角側の散乱を検出する方法は高角度環状暗視野法(High-angle annular dark-field, HAADF)と呼ばれる。このHAADF-STEM像は試料の原子番号(Z)に依存したコントラストを示すためZコントラスト像とも呼ばれる。(↑ 本文に戻る)

注6)フーリエ変換:
 画像にどのような周波数成分が含まれているかを抽出する方法のひとつ。任意の画像は波数ベクトルの異なる三角関数sin(kx), cos(kx)(あるいはexp(kx))の重ね合わせで表すことができるが、波数空間(kx, ky)で各成分の重みを2次元的にマップしたものはフーリエ変換図形と呼ばれる。原点(kx, ky)= (0, 0)から遠いほど高周波成分を表す。(↑ 本文に戻る)

注7)プラズモン:
 物質に電子が入射されるまたは近づくと、その電場がきっかけとなる物質中で比較的自由に動ける電子による集団的振動すなわちプラズマ振動が生じる。このプラズマ振動を量子化したものがプラズモンである。プラズモンのエネルギー(すなわちプラズマ振動を励起するエネルギー)は離散的である。電子線は試料を通過する際に確率的にプラズモンを生成する。試料が厚くなるとその確率は増大し、特に厚い試料では試料を通過する間に複数個のプラズモンを生成する場合がある。プラズモンはその緩和過程で発光し、フォノンを生成(熱緩和)することがある。(↑ 本文に戻る)

 

【論文情報】



雑誌名:
Microscopy
論文タイトル: Surface sensitivity of atomic resolution secondary electron imaging
著者: 齋藤 晃、及部 哲平(名古屋大学未来材料・システム研究所)
DOI: https://doi.org/10.1093/jmicro/dfae041
URL:https://academic.oup.com/jmicro/advance-article/doi/10.1093/jmicro/dfae041/7762293

 

◆名古屋大学 研究成果発信サイトはこちら>>>
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2024/10/post-740.html

◆名古屋大学のプレスリリース(本文)はこちら>>>
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/upload_images/20241022_imass.pdf

 

研究者連絡先

東海国立大学機構 名古屋大学
未来材料・システム研究所
教授 齋藤 晃(さいとう こう)
E-mail:saitoh[at]imass.nagoya-u.ac.jp