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分子レベルの薄さのパラジウムナノシートを開発
~世界トップクラスの水素発生触媒を、低温で簡便に合成~

【本研究のポイント】

・パラジウム金属は水素合成や燃料電池などに触媒として広く応用されるが、活性の向上、コスト削減を実現できるナノシート※1の簡便な合成は困難だった。
・分子レベルの厚さ(1.8 nm)のパラジウムナノシートを、75 ℃の低温下、汎用的なガラス瓶のワンポットで簡便に合成できる手法の開発に成功した。
・合成したナノシートは水素発生触媒※2として世界トップクラスの活性を持つことを確認した。

【研究概要】

 東海国立大学機構 名古屋大学 未来材料・システム研究所の長田 実教授、安藤 純也博士後期課程学生らの研究グループは、従来合成が困難であったパラジウム(Pd)ナノシートを、75 ℃の低温下、汎用的なガラス瓶のワンポットで簡便に合成する新しいプロセス(ワンポット法)を開発しました。さらに、ワンポット法を用いて合成した厚さ1.8 nmのPdナノシートは、理想的な水素発生触媒とされる白金薄膜と同等の活性を示したことから、今回世界トップクラスの性能を持つ水素発生触媒の開発に成功したと言えます。
 Pdは、次世代エネルギーである水素の合成や、排気ガスの浄化、燃料電池などに触媒として広く用いられる貴金属です。今回の成果は、従来合成が困難であったPdナノシートを安全かつ簡便に合成する新しいプロセスを提供するものであり、ナノシートを利用した高性能触媒の開発や、使用量を大幅に削減した新しい触媒設計への重要な手がかりを与えるものと期待されます。

 本研究成果は、2023年11月6日付米国化学会科学誌「ACS Nano」のオンライン速報版に掲載されました。

【研究背景】

 パラジウム(Pd)は、水素化反応触媒、自動車の排気ガス浄化用の触媒、燃料電池の電極触媒など、さまざまな触媒として使用されている有用な貴金属※3です。従来、Pdの触媒には、粒子サイズが数nmから数十nmという球状のナノ粒子が利用されてきました。こうしたナノ粒子の触媒を超える新しいナノ物質として、近年注目されているのが、分子レベルの薄さのノシートです。触媒反応は、粒子の外側に露出している表面で進行するため、全て表面といえるナノシートでは、触媒活性の大幅なアップが実現し、高価な貴金属の使用量を大幅に削減した新しい触媒の開発が期待されます。しかし、従来の合成方法では、Pdナノシートの合成は極めて困難であり、触媒応用に最適な分子レベルの薄さ(厚み1~2 nm)のPdナノシート触媒の開発は未開のフロンティアでもありました。

【研究成果】

 本研究グループでは、貴金属ナノシートの精密合成手法の開発を進めており、今回、厚さ1.8 nmのPdナノシートの簡便合成に成功し、世界トップクラスの性能を持つ水素発生触媒の開発に成功しました。
 ナノシートの合成法には大きく分けて2種類あり、層状化合物を1枚1枚剥がしてバラバラにする方法、特殊な反応容器で合成する方法があります。従来、Pdナノシートの合成には、後者の合成法が利用されてきました。最もよく利用されている方法は、パラジウム錯体を水・有機溶媒の混合溶液に入れ、高圧反応容器内で一酸化炭素(CO)ガスによりPdイオンを還元して合成する方法です。この方法は、毒性のCOガスを使う危険な方法であることに加え、不純物が混在し、Pdナノシートの単相合成が困難であるという問題点がありました。
 今回、本研究グループでは、従来の合成法の問題点の一掃を目指し、Pdナノシートの新プロセスの検討を行い、ギ酸トリクロロフェニル(TCPF)※4をCO源とする新しい合成法(ワンポット法)を開発しました(図1)。この方法では、汎用的なガラス製サンプル瓶を利用し、TCPFを水、尿素などと一緒に反応させることで、ごく微量のCOが段階的に発生し、高い収率でPdナノシートの合成を実現できます。さらに、今回開発した方法は、特殊な反応容器等は必要とせず、75 ℃の低温下、1時間の加熱で合成できるという安全、簡便な省エネプロセスです。
 透過型電子顕微鏡による構造解析の結果、得られたナノシートはPdの単相であり、厚さ約1.8 nm、横サイズ約50 nmの六角形状単結晶であること確認しました(図2)。従来の合成法では、厚さ、大きさの整ったナノシートを合成することは困難とされていましたが、今回開発したワンポット法では、厚さ、横サイズが均一に揃った状態で合成できていることも確認しています。
 合成したPdナノシートについて、次世代のクリーンエネルギーのキー技術である水素発生触媒の性能を検討しました。Pdナノシートとともに、参照としてPd金属箔、白金薄膜に対して性能試験を行ったところ、PdナノシートはPd金属箔に対して2倍以上高い活性を示し、理想的な水素発生触媒とされる白金薄膜と同等の活性を示すことを確認しました(図3)。この高い触媒活性の起源について検討するため、原子間力顕微鏡※5によるその場電気化学測定により、ナノシート表面のどこで触媒反応が起こっているか、触媒活性サイトの評価を行いました。その結果、Pdナノシートの縁部分(エッジ)で水素発生活性が高いことが明らかとなりました(図4)。以上の結果は、水素発生触媒としてのPdナノシートの有用性を示すとともに、高性能触媒開発の重要な指針になるものと期待されます。

【成果の意義】

 Pdは触媒としての機能の宝庫であり、近年、数nmのPdナノ粒子触媒が注目され、優れた触媒活性が報告されています。今回の成果は、従来合成が困難であったPdナノシートを安全かつ簡便に合成する新しいプロセスを提供するものであり、ナノシートを利用した高性能触媒の開発や、資源量を大幅に削減した新しい触媒設計への重要な手がかりを与えるものと期待されます。さらに、今回、触媒評価で利用したその場電気化学測定および触媒活性サイトの知見は、今後、高性能触媒開発の重要な手法、指針になるものと期待されます。

 本研究は、JSPS科学研究費補助金事業 基盤研究(S)、挑戦的萌芽研究、文部科学省国際・産学連携インバースイノベーション材料創出プロジェクト(DEJI2MA)、未来材料・システム研究所共同研究・共同支援プログラムの支援のもとで実施されました。

【図表と説明】

図1.今回開発したPdナノシートのワンポット合成法.
(上)Pdナノシートの合成手順。汎用的なガラス製サンプル瓶に原料を封入し、75 ℃で1時間加熱するだけでPdナノシートが合成できる。
(下)TCPFを水、尿素などと一緒に反応させることで、ごく微量のCOが段階的に発生し、COがPd結晶の特定面に吸着することで、Pdナノシートが成長する。

 

図2.Pdナノシートの構造評価の結果.
(左)Pdナノシートを真上から測定した透過型電子顕微鏡像。横サイズ約50 nmの六角形状シートが合成できている。(挿入図)Pdナノシートの制限視野電子回折像。Pdの面心立方格子の111面に由来する明瞭なスポットが観測されており、単結晶であることを確認した。
(右)Pdナノシートを側面から測定した透過型電子顕微鏡像。分子レベルの厚さ(厚さ1.8 nm)であることが分かる。

 

図3.Pdナノシートの水素発生触媒活性の結果.
今回合成したPdナノシートとPd金属箔、白金薄膜の触媒活性を比較したもの。このグラフは、水素発生反応中に流れる電流量と水素発生に必要な電位をプロットしたもので、傾きが小さいほど触媒活性が高いことを示している。グラフの傾きから、Pdナノシートは、Pd金属箔と比較して2倍以上高い触媒活性を示し、理想的な水素発生触媒とされる白金薄膜に匹敵する触媒活性を持つことが分かる。

 

図4.原子間力顕微鏡(AFM)によるPdナノシートの水素発生反応のその場観察.
(上)実験装置の模式図。溶液中でPdナノシートの電圧を印加しながら、その場AFM観察を行い、水素発生反応中の結晶表面の高さ変化を検知する。これにより、ナノシート表面のどこで反応が起こっているか、触媒活性サイトの評価を行うことができる。
(下)Pdナノシートの電気化学その場AFM観察。反応前と反応途中のAFM像と高さプロファイル。水素発生反応途中では、ナノシートの縁部分(エッジ)で高さが増大しており、Pdナノシートでは、エッジ部分で水素発生活性が高いことが分かる。

 

【論文情報】

雑誌名 :ACS Nano
論文題目:Facile Synthesis of Pd Nanosheets and Implications for Superior Catalytic Activity
著 者 :安藤純也 Sumiya Ando(名古屋大学大学院 博士後期課程2年)
     山本瑛祐 Eisuke Yamamoto(名古屋大学 助教)
     小林 亮 Makoto Kobayashi(名古屋大学 准教授)
     熊谷明哉 Akichika Kumatani(東京大学、JSTさきがけ研究員)
     長田 実 Minoru Osada(名古屋大学 教授)

DOI: 10.1021/acsnano.3c07861
アブストラクトURL:https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acsnano.3c07861

【用語説明】

※1)ナノシート:
原子1層、数層からなる物質。代表する物質としては、グラフェン、六方晶BN、遷移金属カルコゲナイド(MoS2、WS2など)、酸化物ナノシートなどがある。(↑ 本文に戻る)

※2)水素発生触媒:
水の電気分解によって、水素を発生する触媒。水の電気分解は、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギー由来の電源と組み合わせると、二酸化炭素を排出せずに水素を生産することができ、次世代のクリーンエネルギー技術として注目されている。(↑ 本文に戻る)

※3)貴金属:
金、銀、白金、パラジウム、ロジウム、ルテニウム、イリジウム、オスミウムの8種の金属元素の総称。高い化学的安定性と触媒活性を有することから、触媒材料として高い機能を発揮する。一方で、天然資源として埋蔵量が極めて少なく高価であることから、その使用量をいかに削減するかが世界的課題となっている。(↑ 本文に戻る)

※4)ギ酸トリクロロフェニル(TCPF):
ギ酸2, 4, 6-トリクロロフェニル (2,4,6-trichlorophenyl formate: TCPF)。比較的温和な条件で使用可能で、弱塩基存在下にて一酸化炭素(CO)が発生する性質を持つ。COは有機合成において重要な一炭素源であるが、毒性が高い無色の気体であり、取り扱いが困難であるという問題点がある。毒性の高いCO ガスに代わる安全なCO等価体として利用されている。(↑ 本文に戻る)

※5)原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscopy: AFM):
先端を尖らせた針を試料の表面上で走査して、針と試料との間の力(原子間力)を電気信号に変えることで、表面の形状を観察する顕微鏡。今回のその場電気化学測定では、溶液中でPdナノシートの電圧を印加しながら、水素発生反応中の結晶表面の高さ変化を検知することで、ナノシート表面のどこで反応が起こっているか、触媒活性サイトのイメージングを行うことができる。(↑ 本文に戻る)

 



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【研究者連絡先】

東海国立大学機構 名古屋大学 未来材料・システム研究所
長田研研究室 URL:https://mosada-lab-nagoya.com
教授 長田 実(おさだ みのる)
E-mail: mosada[at]imass.nagoya-u.ac.jp