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研究グループ紹介

齋藤研究室インタビュー

電子でナノをみる
革新的な計測技術の開発とともに

齋藤研究室の(左から)矢野力三助教、齋藤晃教授、桑原真人准教授、石田高史助教
桑原准教授が開発した分析装置のセッティングをしているところ。
(石田助教 総合研究実験棟にて)

齋藤研究室を訪れると、木製の立体パズルや正十二面体のルービックキューブなどの、美しくも難解そうな立体パズルがいくつも置いてあります。これを解き明かすには、豊かな発想力、多彩な着眼点はもとより、細やかさと粘り強さが求められるのでしょう。研究にも通じるところがあるように感じられ、「数学の美」の哲学にいざなわれるような気持ちになります。学生に授業をするときの導入にも使うことがあるそうです。
ここ齋藤研究室では、革新的な電子ビームをもちいて、まだ誰もみたことのないナノスケールの物理現象を映し出す装置の開発に取り組んでいます。革新的な電子ビームとはどんなものでしょう。どんな物理現象が映し出されるのでしょう。

革新的な電子ビームで

教授齋藤 晃

SAITOH Koh

profile

宮城県生まれ。東北大学物理学専攻にて電子顕微鏡をもちいた準結晶の構造解析に関する研究で博士(理学)を取得。東北大学多元物質科学研究所での助手を経て、名古屋大学に着任。名古屋大学着任後は、種々の電子顕微鏡手法開発を進め、最近では電子らせん波など新しい電子ビームの基礎的研究およびその材料評価法への応用研究を行なっている。
● すきなこと、趣味 / パズル・卓球・クラッシック音楽・推理小説・最近は将棋

まず、齋藤研究室ではどんな研究をされているのか教えてください。

齋藤:革新的な電子ビーム*1をもちいた材料評価法の開発をしています。そのひとつは、スピン偏極*2電子顕微鏡です。電子はコマのように自転していると考えられており、上向きに回転するアップスピンと下向きに回転するダウンスピンがあります。普通の電子ビームではそれらが半々の割合で混合しています。しかし我々の研究室で開発している電子銃(=電子ビームを出す装置)は、どちらか一方の向きの電子を90%の純度で出すことができ、偏極電子ビームをもちいた透過電子顕微鏡を世界で初めて実現しました。

世界初の実現ってすごいですね!

齋藤:この電子銃は、電子線の出し方がユニークなんです。桑原先生が研究されているのですが、半導体に光を当てるとその光のエネルギーを吸収して電子が飛び出る光電効果*3と呼ばれる現象を使っています。当てる光をパルス*4状にすると出てくる電子もパルス状になるパルス電子ビームを生成することにより、試料に照射したその瞬間の現象を観察することができるんです。
「革新的」のもうひとつは、電子らせん波です。電子は波としての性質をもちますが、その波面がらせん状になったものです。こちらは公転運動に相当していまして、スピンと同様に電子顕微鏡法への応用は面白いアイデアだと考えています。

らせん状の電子の波は未知の世界に繋がっているようですね。

齋藤:荷電粒子が渦みたいに回ると、電磁石のように磁気が発生するので、今注目の磁性体と相互作用するんじゃないかということで、いろいろな研究を進めています。他にも、物質のキラリティ*5の分別にこのビームを使えるのではないかと期待しています。材料開発にこのキラリティの分別は重要なんです。

授業で「電子らせん波の作り方」を説明する際に使用するスライドの映像

評価の方法はさまざま

電子でモノを評価するという方法にはどのようなものがあるんですか?

齋藤:主に3通りに分かれます。①イメージング。光学顕微鏡の光を電子に、光学レンズを磁場レンズにしたもの。②回折*6を使う方法。試料から散乱された電子の波がスクリーン上につくる特徴的なパターン(回折図形)から原子の並び方を推察する方法。③エネルギー分光をする方法。電子線のエネルギーが試料に当たっていろいろな相互作用をしたときの失われるエネルギーを分析することで、それがどんな性質を持っているかがわかるんです。

モノ自体の研究もあれば、モノを明らかにする技術もあるんですね。

齋藤:電子顕微鏡に携わっている人の多くは、材料(モノ自体)の研究をやっていますね。材料を見たくて、材料を知りたくて、そのツールとして研究している人が多いです。私は、電子顕微鏡の手法の人間で、あまりモノ自体の研究はやっていません。その手法の性能評価のための適用例としてモノを観ています。

「回折」の説明グッズ

オーガンジーのような薄い網目状の布地を通して点状の光を見ると、十字の模様が現れる。よく見ると十字に沿って虹が繰り返し並んでいる。布を平行移動しても模様は変わらないが、布を回すと光の十字も一緒に回る。これは結晶の回折と同じで、布目で散乱した光の波が特定の方向に強め合うため。虹が現れるのは、波長によって強め合いの方向が異なるためである。光の回折図形から布目の模様を決めるのが回折をもちいた結晶構造解析だ。

小さくて高速で動くものを観察

「コヒーレント*7超短パルス*8電子線をもちいた超時間分解電子顕微鏡の実現」をwebに公開されていますね。

桑原:はい、最先端の分析機器を作っています。これまでの電子顕微鏡でも、原子のような小さなものまで見えるんですが、速く動くものは画像がぼけてしまうから見えないんです。でもこの分析機器を搭載した顕微鏡は、超高速で連続に、動く一瞬一瞬を撮ることができるんです。それにより、例えばA地点からB地点までどのように動いたのかとか、デバイスの中でどう劣化したのかとかがわかるし、生物試料や高分子材料も撮ることが可能なんです。

准教授桑原 真人

KUWAHARA Makoto

profile

徳島県生まれ。名古屋大学素粒子宇宙物理学専攻にて素粒子実験用偏極電子源に関する研究で博士(理学)を取得。東北大学電気通信研究所でポスドクを経て、名古屋大学に着任。名古屋大学着任後は、電子顕微鏡を用いた新規分析手法の創出と先進材料への応用を行なっている。
● すきなこと、趣味 / ドライブ・旅行・映画

生物試料などは、電子線を当てると壊れてしまうのでは?

桑原:電子線はエネルギーが高いから、当てると結合が切れて壊れちゃうんですけど、この顕微鏡だと壊れる前の状態を撮ることができるんです。しかも、動いても大丈夫なので、意外に手間のかかる試料の固定をしなくてもよいため、簡便性が上がるし、産業的にはスループットが高いのかなと思います。

見えないほど小さくて動いているものを捉えるって、目の前に広がる宇宙の素粒子の話をしているような気がしてきました(笑)。

桑原:学生時代、名大の時は理学部物理で、加速器を使って素粒子の研究をするところ(中西研)にいたから、そういう話し方になるのでしょうか(笑)。量子情報の分野にも興味があって、その後ポスドクの2年間は東北大で量子中継器や量子通信をやっていたんですが、ここの研究室の前身の田中信夫先生と中西先生が共同研究をするというきっかけがあり、今の研究室に来ました。それでこの分野に変わったんですが、これまでやって来た経験は何も無駄になっていません。

やっぱりオリジナルの装置を作りたい

助教石田 高史

ISHIDA Takafumi

profile

愛知県名古屋市出身。2007年名城大学理工学部卒、同大学院修了。名古屋大学大学院電子情報システム専攻にて位相差走査電子顕微鏡法の開発で学位(博士(工学))を取得。名古屋大学エコトピア科学研究所博士研究員を経て2015年より名古屋大学未来材料・システム研究所の助教に着任。
● すきなこと、趣味 / スポーツ観戦(球技全般)、映画・ドラマ鑑賞などインドア系がメイン、たまにドライブも。野球がシーズンオフのため最近はもっぱらYouTubeやNetflixで動画を観るかドライブ。

石田助教も、電子顕微鏡の装置開発をされているんですか?

石田:はい、桑原先生と同じように、ナノレベルの、原子サイズの目では追えないくらい速く動く物体とか物質、そういう現象を捉えようと研究を続けています。特に今は磁性体の運動とか、スキルミオンと呼ばれるような新しい磁気構造の運動だったり、生体試料が壊れる直前~瞬間の様子などを捉えたいと、それをモチベーションとしています。

磁性材料って見えるものなんですか?

石田:磁性材料は原子や分子のような形としてではなく、それらが集まってできた構造なので少し大きめのスケールになるのですが、電子は荷電粒子なので、そこに何かの磁場がかかっている(磁界がある)と、力を受けて電子が曲がるんです。その曲がりの角度を検出してやると、どれくらいの磁場なのかがわかるということです。

そんなことができるんですね。

石田:今はその様子を直接見ることができる顕微鏡もできたんですが、大変高価なので、宇宙の謎を解くための高エネルギー加速器の検出器を応用して、高感度で電子を検出できる別の方法の開発を続けているところです。

「すごい物質」探しへの情熱

助教矢野 力三

YANO Rikizo

profile

神奈川県川崎市で生まれ育ち、小さい頃からロボットや電子工作に興味を持つ。中高では部活で囲碁や卓球に没頭し、大学でも慶應義塾体育会卓球部にて文武両立を目指す。物質研究の重要さを多方面で痛感し、大学院は東京工業大学物質科学創造専攻に進学し博士(理学)を取得。その後ポスドクとして産業技術総合研究所、名古屋大学で接合研究を行い、20年4月から現職に着任。
● すきなこと、趣味 / 卓球、囲碁、けん玉、結晶作り

矢野助教はどのような研究をされているのでしょうか?

矢野:一言でいうと「すごい物質」探しです。私が今注目しているのは、物質の「表面・界面*9」と物質そのもの(内側、表面以外の部分)では、まったく異なる特性が現れるという「トポロジカル物質*10」です。ここ数年で数多くの種類が理論提案され、その特殊な性質が次々と確認されてきました。例えば、物質そのものは絶縁体なのに表面だけには高速応答する電子がいる金属の性質を持つトポロジカル絶縁体があります。この電子は磁石や磁場にも敏感に反応するので、高感度な磁気センサーや、微小磁気で動く極低消費電力デバイスへの応用なども期待されています。

物質の表面だけにそんな電子がいるんですか?

矢野:そうなんです。でも実はこの表面電子はさらにパワーアップするかもしれないんです。トポロジカル物質と超伝導体*11を組み合わせると、接合部分である界面に「マヨラナ粒子*12」というまだ見つかっていない粒子と同じ状態が現れるとされています。未発見粒子状態を観測すること自体もすごいですが、このマヨラナ粒子は「量子コンピューター」への応用も期待されています。もしかしたら、スーパーコンピューターの「富岳」でも、数万年かかる計算が数分でできてしまうかもしれません。

そういった「すごい物質」が見つかったら、どんなことに結び付くと期待されるんですか?

矢野:世界が変わりますね。例えば、ガラスやビニール袋の様に透明なものは普通電気を流しません。ですが透明なのに電気を流す物質ができたから、スマートフォンのタッチパネルのようなものができたわけです。時には一見すると普通にみえる物質でも別の物質と組み合わせるとすごい物質・性質になることもあります。半導体を組み合わせてできた太陽電池や上の例のマヨラナ粒子の様に。

解明への道筋

仮説を科学の力で実証する、解き明かす道筋に光を当てる研究に、パズルや知恵の輪のイメージが重なる気がします。知りたい、解明したい、研究対象が「電子(素粒子)のふるまい」ということですね。

齋藤:電子も素粒子のひとつなんですけれど、そこら中にあって、取り出す技術も確立しています。しかも、ある方程式に従ってみごとに思うとおりにふるまう(動く)んです。仕掛けた通りのことをやってくれるので、それを使って、結晶とか材料の構造を調べたり、顕微鏡へ応用しています。
でも、まだ電子の基礎的な性質で知らない部分があるんじゃないかと、そういうことを調べています。それはすぐには材料の開発には直結しないかもしれませんけれど、何が起こるかわからないから。

齋藤教授が子供の頃から親しんでいるルービックキューブや立体パズル。
仮説を科学の力で実証する、解き明かす道筋に光を当てる研究に、パズルや知恵の輪のイメージが重なる。

基礎知識

*1 電子ビーム

EB(electron beam)といい、真空中に放射された高速度の電子の流れのこと。蛍光灯やテレビのブラウン管、X線管などは電子線を使った装置。

*2 スピン偏極

電子が有する自転のような性質で、電子スピンは磁石の源でもある。スピンの状態には上向き(アップ/右巻き)と下向き(ダウン/左巻き)という2つの状態があり、どちらかの向きに偏ることをスピン偏極という。

*3 光電効果

物質に光が当たると、中の電子が飛び出てくる現象。物質中の電子は原子核の引力で束縛されていて、普通は外へ出てこられない。外へ出るためには、束縛を切るためのエネルギーが必要。光電効果では、光のエネルギーでこの束縛が切れる。

*4 パルス

短時間に急峻な変化をする信号の総称。極めて短い時間流れる電流や電波。

*5 キラリティ

「掌性」ともいい、ある物体が、その鏡像と重ね合わせることができない性質。左右の違いのある形をキラルといい、人間の手はキラルの代表例。分子のなかには分子式が同じだが立体構造が互いに鏡像の関係になっているものがあり、化学的性質がまったく異なるものがある。例えばサリドマイドは、右手系(R体)は睡眠薬として働くが、左手系(S体)は強力な催奇形性を有する化合物。こういった物質のキラリティを、速く正確に分離させる方法の開発は重要。ちなみに、名大の岡本佳男名誉教授(元エコトピア科学研究所 客員教授)は分離反応させる基礎開発への多大な貢献により「日本国際賞」を、野依良治特別教授は反応開発で世界を牽引し「ノーベル賞」を受賞された。

*6 回折

進行する波動が障害物の背後など、影の領域に回り込んで伝わる現象。物かげにいても音が聞こえるなど。障害物に対して波長が大きいほど回折角は大きい。

*7 コヒーレント

波動が互いに干渉しあう性質を持つことを表す言葉で、二つまたは複数の波の振幅と位相の間に、一定の関係があることを意味する。音楽で言うリズムのようなイメージだろうか。レーザ光はかなりコヒーレント性の高い光であり、コヒーレント光と言われることもある。

*8 超短パルス

数フェムト秒~数ピコ秒の超短い時間の中で急激な振り幅(波)をもつ信号のこと。1フェムト秒=1fs=1×10-15秒=1000兆分の1秒 1ピコ秒=1ps=1×10-12秒=1兆分の1秒 ちなみに、1秒間に約30万km(地球7周半の距離)も進む速さの光でさえ、1フェムト秒の間に(光が)進む距離は約0.3μm程度。

*9 界面

物質と物質が隣り合っているちょうど境のところ。接合した境界部分。

*10 トポロジカル物質

“穴の数”で分類する数学のトポロジーを使って発見された物質群で、多くの種類が見つかっている。物質の中身(バルク)を調べるとその表面や界面での強固な性質がわかるというもの。代表例はトポロジカル絶縁体で、中身は絶縁体だがその表面には高速に動くディラック電子(あたかも質量がないような粒子として物質中を高速に移動する電子)が存在し、次世代半導体材料として注目を集めている。

*11 超伝導体

物質によって異なるある温度より冷却したときに、電気抵抗が急激にゼロになる量子現象を示す物質。これをつかって、損失ゼロで電気を流す、強力な磁場を作り出すのが可能という実用的特徴がある。

*12 マヨラナ粒子

「粒子=反粒子」と自分自身が反粒子として定義され、近年、このマヨラナ粒子と同じ状態が物質中(特殊な超伝導状態中)に現れることが理論で示された。もしも存在が確定されれば、マヨラナ粒子を入れ替えるだけで状態が制御できることから、今までにない組紐タイプの量子コンピューターができる。そのため“使える素粒子”として期待が高まっており、基礎物理と応用両面から重要視され、世界中でその挑戦が続いている。

聞き手・文/広報委員会(三輪、小西)『IMaSS NEWS Vol.10』特集より抜粋