Information & Topics

Information

RESEARCH

宇宙線イメージングによりイタリア・ナポリの市街地の地下にギリシャ時代の埋葬室を発見!~陥没事故を未然に防ぐ地下空洞探査への応用も期待~

 
本研究のポイント

 〇地下18mからの宇宙線イメージング注1)により地下構造の精細な可視化に成功!
 〇イタリア・ナポリの市街地の地下10mにギリシャ時代の埋葬室を発見!
 〇道路陥没事故を引き起こす地下空洞探査などの防災技術への応用も期待される。

 

【研究概要】



 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院理学研究科/高等研究院/未来材料・システム研究所の森島 邦博准教授、未来材料・システム研究所の北川 暢子特任助教らの研究グループは、ナポリ大学(イタリア)との共同研究で、宇宙線イメージングによりイタリア・ナポリの市街地にある複雑な地下遺構を可視化した結果、ギリシャ時代の埋葬室を新たに発見しました。
 研究グループは、これまでに、エジプトのクフ王ピラミッド内部に2つの未知の空間を発見しており、本研究成果は、宇宙線イメージングと考古学研究との文理融合研究をさらに進めるものです。本研究により、宇宙線イメージングが地下構造の把握に極めて有効な手段であることが実証されたことで、道路陥没事故を引き起こす地下空洞の探査など新しい防災技術への応用も期待されます。
 本研究成果は、2023年4月3日付イギリス科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。

 

【研究背景と内容】



 紀元前1千年後半頃にギリシャ人によって建設された建物、道路、水道橋、墓地などの古代ネアポリスの遺跡は、現在のナポリの街並みの地下10メートルに埋もれています。しかし、ナポリのような大都市の人口密集地では、建物や道路の安全性に配慮する必要があり、発掘による考古学的調査は困難です。
 16世紀以降に作られた貯水槽や第二次世界大戦中に作られた防空壕などの地下構造がこれらの遺跡を横断している場合、地上から地下遺構の調査ができるため、ナポリのサニタ地区には、紀元前6-3世紀の古代ネクロポリスの2つの貴族の埋設室が存在することが知られています。近年の地下遺構の3D測量による調査からそれらの周辺にも別の埋葬室が存在するのではないか、という仮説が立てられていました。この仮説を検証するために、宇宙線イメージングによる未知の埋葬室の探査を行いました。宇宙線イメージングは、非破壊で地下構造を可視化できるため、地震波やボアホールのような調査方法の適用が難しい都市環境に非常に適しています。

 

図1.宇宙線イメージングによるナポリ市街地の探査領域と地下遺構:(a)GoogleMap上での探査領域、(b)地下10mの遺構。埋葬室には番号が付けられており、2と3は未発見。(c)埋葬室1(Ipogei dei Togati)の高浮彫の一部。(d)埋葬室4(Ipogeo dei Melograni)の壁に描かれた果実のフレスコ画。


 宇宙線の測定は、写真フィルム型の検出器 「原子核乾板」注2)により行いました(図2)。原子核乾板は、軽量かつ非常にコンパクトであり電源を必要としません。そのため、狭い場所や粉塵が多い地下遺跡やトンネルの内部などの過酷な環境下での使用に適しています。研究グループは、この原子核乾板を用いた宇宙線イメージにより、エジプトのクフ王のピラミッドの内部に未知の空間の発見などを報告してきました(3月2日プレスリリース「クフ王ピラミッドにある未知の空間を、多地点宇宙線イメージングの技術により、高い精度で詳細に特定!」)。 https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2023/03/post-469.html


 2018年3月10日から4月7日までの28日間、地下18mに位置する地下室(図3のU15)の2か所に原子核乾板を水平に設置しました。回収した原子核乾板をナポリ市内で現像したのち、名古屋大学とナポリ大学で各々解析を行いました。
 宇宙線の観測により得られる宇宙線イメージから未知の埋葬室を探査するために、既に知られている地下構造から期待される宇宙線イメージのシミュレーションを行いました。このシミュレーションのために、地上からアクセス可能なすべての地下構造のレーザースキャンを行い、正確な地下空間の3Dモデルを作成しました(図3)。

図2.地下室に設置した原子核乾板検出器

 

 

図3.ナポリの市街地の地下遺構の3Dモデルと検出器の位置:紫色と黄色の細い円錐の始点に 検出器を設置


 名古屋大学およびナポリ大学で得られた原子核乾板の結果とシミュレーション結果の宇宙線イメージを比較分析することで、未知の埋葬室を探査しました(図4)。埋葬室が空洞のまま残っていれば、その空洞を通って検出されるミューオンはシミュレーションから予測される量よりも多く観測されます。解析の結果、地下の排水ネットワークや地上の建築物、地中の密度の非一様性を考慮しても説明できないミューオンの超過領域を検出しました。その超過領域が示す空洞の大きさと3Dモデル中での位置を推定した結果、地下約10mに位置する2~3mの大きさの新しい埋葬室であることが判明しました。(図5)。

 

図4.地下遺構の宇宙線イメージ

 

図5.発見した埋葬室の三次元位置と宇宙線イメージとの対応:3Dモデル(a)、宇宙線イメージ(b)(c)のそれぞれに、x1~x4の4つの参照点、投影点を示す。紫色の破線の円は、発見した埋葬室のおおよその位置を示す。

 

【成果の意義】



 原子核乾板を用いた宇宙線イメージングにより、複雑な三次元構造を持つ地下遺構を高い解像度で可視化したことで、ギリシャ時代の新しい埋葬室を発見しました。これは、研究グループがこれまでに進めてきたエジプトのクフ王ピラミッドの探査に続き、宇宙線イメージング考古学という新たな文理融合研究をさらに発展させる成果です。新たに発見した埋葬室の他にも、地下の排水ネットワークや未知の空洞の可能性が示唆される領域も検知しており、宇宙線イメージングが地下構造の把握に極めて有効な手段であることが実証されました。本研究成果は、国内で年間約9,000件もの陥没事故の原因となる地下空洞を、宇宙線イメージングによって探査・検知することで、事故を未然に防ぐ新たな防災技術につながります。


 本研究は、科研費・学術変革領域研究(B)「原子核乾板によるピラミッド・火山の三次元ミューオンイメージングと対象の多彩化(21H05086)」、科研費・基盤研究(B)「原子核乾板による宇宙線ミューオントモグラフィ技術の開発(18H03470)」、JSTさきがけ「情報計測:高度情報処理と素粒子計測の融合によるミューオントモグラフィ技術」、JST 先端計測分析技術・機器開発プログラム「原子核乾板を用いた高精度宇宙線ラジオグラフィシステムの開発」などの支援の下に行われたものです。

 

【用語説明】



注1)宇宙線イメージング
宇宙線イメージングは、大気上空で生成される素粒子ミューオンが持つ高い透過力を利用してX線レントゲン撮影と同じ原理でピラミッドや火山などの巨大な物体の内部を可視化する技術である。福島第一原発2号機の炉心溶融の可視化やエジプトのクフ王ピラミッド内部の未知の空間の発見などで用いられている。 本文に戻る)

注2)原子核乾板
原子核乾板とは、写真フィルム型の素粒子検出器。500μmの透明なプラスチック支持体の両面に、厚さ70-80μmの乳剤層が塗布されている。乳剤層は、臭化銀の結晶がゼラチン膜中に分散された状態となっており、この中を荷電粒子(電荷をもった放射線)が通過すると、通過経路上の臭化銀の結晶に潜像核と呼ばれる銀核が形成される。この潜像核を核として、写真現像により荷電粒子の軌跡が原子核乾板中に記録される。現像後の銀粒子の大きさは、直径1µm以下であるために、極めて高い空間分解能で荷電粒子の軌跡を立体的に記録する。この乳剤層中に記録された軌跡を飛跡と呼び、その飛跡を光学顕微鏡で観察することで、サブミクロンの精度で荷電粒子の軌跡を再構成することができる。このような仕組みにより、1mm以下の厚さで、100m先を1mの解像度でとらえることができる高いイメージング分解能(10mrad)を実現する。さらに荷電粒子の検出には、電力を必要としない。これらの特徴は、ピラミッドなどの狭い内部構造や電源供給が難しい場所での使用に非常に適している。この原子核乾板の分析は、名古屋大学が独自に開発している超高速自動飛跡読み取り装置(Hyper Track Selector)を用いて行う。 本文に戻る)

 

図6.原子核乾板

 

【論文情報】


 
論文名:Scientific Reports
論文タイトル:Hidden chamber discovery in the underground Hellenistic necropolis of Neapolis by muography
著者:Valeri Tioukov, Kunihiro Morishima, Carlo Leggieri, Federico Capriuoli, Nobuko Kitagawa, Mitsuaki Kuno, Yuta Manabe, Akira Nishio, Andrey Alexandrov, Valerio Gentile, Antonio Iuliano, Giovanni De Lellis(下線は本学関係者)

DOI: 10.1038/s41598-023-32626-0
URL: https://www.nature.com/articles/s41598-023-32626-0


宇宙線イメージング研究室(μ研)
https://www.phys.nagoya-u.ac.jp/research/mu.pdf


名古屋大学 情報サイトはこちら>>>

名古屋大学のプレスリリース(本文)はこちら>>>

研究者連絡先

東海国立大学機構 名古屋大学未来材料・システム研究所
准教授 森島 邦博
E-mail : morishima[at]flab.phys.nagoya-u.ac.jp