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RESEARCH

世界最高性能の日射遮蔽膜の開発に成功
近赤外反射率53%と太陽熱カットを実現。建築物の省エネ・CO2削減のキー技術。

 
本研究のポイント

 〇高い近赤外反射性能をもつ透明導電体注1)ナノシート注2)を発見。
 〇ナノシートコートガラスで世界最高性能の近赤外反射率53%と太陽熱カットを実現。
 建築物、自動車の高性能遮熱エコガラスへの応用。 

 

【研究概要】



 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学未来材料・システム研究所の長田 実 教授、常松 裕史 博士後期課程学生らの研究グループは、高い近赤外反射性能をもつ新しい透明導電体ナノシート(Cs2.7W11O35−d)を発見し、これをガラス上にコートすることで、世界最高性能の近赤外反射率53%と遮熱効果3)を示す日射遮蔽膜(太陽熱カットフィルム)注4)の開発に成功しました。
 本研究で開発した日射遮蔽膜は、可視光に透明であるため、可視光を取り込みつつ、太陽光中の熱源となる近赤外光を効率的にカットできます。今後、本技術を建築物、自動車の窓ガラスに適用することにより、建築物、自動車の冷房負荷削減、空調の省エネ化につながる重要な技術に発展するものと期待されます。
 本研究成果は、2023年5月16日付アメリカ化学会科学誌「ACS Nano」のオンライン速報版に掲載されました。

 

【研究背景】



 地球温暖化を背景に、世界規模で省エネルギーの実現、CO2削減が急務であり、建築物、自動車における空調負荷削減に対するニーズが高まっています。全世界のエネルギー消費の約20%は、ビル等の建築物における空調電力によるものとの試算もあり、建築物の空調負荷削減が喫緊の課題となっています。この有効な解決策の1つとして、太陽光中の熱源となる近赤外光を窓ガラスでカットする日射遮蔽膜(近赤外遮蔽膜)の利用があります。特に、高い近赤外光遮蔽性能と可視光透過性を併せ持つ日射遮蔽膜は重要な技術であり、日射遮蔽膜を建築物の窓ガラスに採用することで、可視光を取り込みつつ、熱源となる近赤外光を効率的にカットできるため、空調の省エネルギー化が可能となります。近年、世界各地の記録的猛暑も相まって、日射遮蔽膜に対する重要性は年々増大しており、SDGsの実現、ネット・ゼロ・エネルギー・ビルディングに対する解決策として日射遮蔽膜の利用は今後必須となりつつあります。
 従来の日射遮蔽膜には、錫ドープ酸化インジウム(ITO)注5)などの酸化物透明導電体薄膜が広く利用されていますが、希少金属の利用による資源リスク、真空プロセスでの製造などの製造コストの問題があります。また、従来の日射遮蔽膜では、酸化物透明導電体の近赤外光吸収による遮蔽効果を利用していますが、特性向上には、膜厚やキャリア濃度を増大させる必要があるため、その犠牲として可視光透過性が低下するというトレードオフの問題点がありました。次世代の日射遮蔽膜の開発には、資源リスク、製造コストの問題を解決しつつ、ナノレベルの膜厚の超薄膜で優れた近赤外遮蔽特性と高い可視光透過性を両立させるという、難題の解決が求められていました。

 

【研究成果】



 本研究グループでは、ナノシートをベースとした透明導電体の開発とその光学薄膜応用を進めており、高い近赤外反射性能をもつ新しい透明導電体ナノシート(Cs2.7W11O35−d:dは酸素欠陥量)を発見し、環境にやさしい水溶液プロセスにより世界最高性能の日射遮蔽膜の開発に成功しました。これにより、現行の材料、技術における性能、資源リスク、製造プロセスの問題点を一掃した日射遮蔽膜技術の開発を実現しました。
  ナノシートの出発原料には、層状構造を持つ酸化タングステン(Cs4W11O35)を用い、ソフト化学プロセスにより層状構造を層1枚までにバラバラに剥離することで、酸化タングステンナノシート(Cs2.7W11O35)を合成しました(図1)。
 ナノシートは、水に分散したコロイド水溶液として合成できるため、室温、水溶液プロセスを利用することで、トランプを並べるようにナノシートを秩序正しく配列させ、薄膜を製造することが可能となります。本研究では、当研究グループで最近開発した高速・液相薄膜作製法(単一液滴集積法)注6)を利用し、溶液1滴、1分でナノシートを石英基板上に稠密配列注7)させ、単層膜を作製しました。さらに、単層膜作製の操作を繰り返すことで、ナノシートの厚み単位で、膜厚を精密に制御した多層膜を作製しました。
 作製したCs2.7W11O35ナノシート単層膜、多層膜は透明半導体であり、透明導電体の利用のため、酸素欠陥の導入によるキャリア(電子)注入 を試みました。水素・アルゴン混合ガスの還流下、550℃で還元熱処理を実施したところ、表面だけが還元され、酸素欠陥が導入された還元型ナノシート膜(Cs2.7W11O35−d)の作製に成功しました(図2)。この還元型ナノシート膜について導電特性の評価を行なったところ、表面層へのキャリア注入が実現し、膜厚1−50 nmの超薄膜ながら、ITOに匹敵する優れた導電性(シート抵抗:2.2 × 102 Ω /☐)を示すことを確認しました。
 このように作製した透明導電体ナノシート膜について光学特性評価を行なったところ、優れた近赤外反射特性と可視光透過性を示し、膜厚(積層数)とともに近赤外反射特性が向上することを確認しました(図3)。特に注目すべきが、膜厚50 nm(積層数20層)の超薄膜の特性であり、高い可視光透過率(71%)を維持しつつ、世界最高性能の近赤外反射率53%を実現しました。この近赤外反射特性の起源について、構造、電子状態の観点から様々な検討を行ったところ、図2のような金属−半導体ヘテロ構造が重要であり、表面の金属層(キャリア注入層)で効率的に近赤外光が反射されていることが明らかになっています。
 さらに、日射遮蔽膜の実用化を想定し、夏場の炎天下においてサーモグラフィによる遮熱試験を行ないました(図4)。① 還元前ナノシート膜(透明半導体Cs2.7W11O35)、② 還元型ナノシート膜(透明導電体Cs2.7W11O35−d)、③ 石英基板の3種類のサンプルを被験者の着用する黒い服の表面に貼り付け、太陽光に約10分間照射後、サーモグラフィにより温度上昇をモニタリングしました。その結果、それぞれのサンプルの表面温度は36℃、27℃ 、43℃であり、② 還元型ナノシート膜では、ナノシートコートなしの③ 石英基板に対して マイナス16℃という優れた遮熱効果を発揮することを確認しました。

 

【成果の意義】



 本研究で開発した日射遮蔽膜は、優れた遮熱効果と可視光透過性を併せ持っており、建築物、自動車の窓ガラスに適用することにより、冷房負荷削減、空調の省エネルギー化を実現するキー技術としての発展が期待されます。また、本研究で開発した透明導電体ナノシートは、希少金属を利用しない化合物で、ITOに匹敵する優れた導電性と高い可視光透過性を実現しており、希少金属フリーの透明導電膜としても重要な材料になると期待されます。さらに、本研究のプロセスでは、従来の薄膜プロセスの主流である真空製膜装置や高価な装置を利用せず、室温・水溶液プロセスで様々な基材への日射遮蔽膜、透明導電膜の製造が可能となるため、環境に優しいエコプロセスとしても重要な技術になるものと期待されます。


 本研究は、JSPS科学研究費補助金事業 基盤研究(S)、挑戦的萌芽研究、NEDOエネルギー・環境新技術先導研究プログラム、文部科学省国際・産学連携インバースイノベーション材料創出プロジェクト(DEJI2MA)、未来材料・システム研究所共同研究・共同支援プログラムの支援のもとで実施されました。

 

【図面と説明】


 

 

図1.酸化タングステンナノシートの合成スキーム.
(上)出発物質である層状酸化タングステン(Cs4W11O35)とナノシート(Cs2.7W11O35)の結晶構造。
(下)ナノシートコロイド水溶液の外観写真と原子間力顕微鏡像。
原子間力顕微鏡、透過型電子顕微鏡などの構造解析、化学分析の結果、得られたナノシートは、層状構造の基本ブロックである層一枚に相当する酸化タングステンナノシート(Cs2.7W11O35)であることが確認された。

 

 

図2.還元型ナノシート膜の構造評価の結果(断面透過型電子顕微鏡像).
単層膜および積層数3、8、12層のCs2.7W11O35ナノシート膜を水素・アルゴン混合ガスの還流下、550℃で熱処理し、還元型ナノシート膜(Cs2.7W11O35−d)を作製した。8層膜と12層膜では、表面側(上側の赤色領域)にキャリアが注入された金属層を形成し、金属−半導体ヘテロ構造となっていることが確認された。

 

 

図3.還元型ナノシート膜の反射特性.
石英基板上に還元型ナノシート単層膜および積層膜(積層数2−20層)を作製し、反射スペクトルを測定した。積層数(膜厚)の増加とともに近赤外反射率は上昇し、膜厚による反射特性の制御が可能なことが確認された。積層数20層(膜厚50 nm)の超薄膜では、高い可視光透過率(71%)を維持しつつ、世界最高レベルの近赤外反射率53%を実現した。

 

 

図4.サーモグラフィーによる還元型ナノシート膜の遮熱効果テスト.
(左)遮熱効果の実験風景。①還元前(透明半導体膜)、②還元後(透明導電体膜)、③石英基板を被検者の黒い服に貼り付けたときの写真。
(右)夏場の炎天下におけるサーモグラフィによる温度測定。②還元型ナノシート膜は③石英基板(ナノシートコートなし)に対して、マイナス16℃という優れた遮熱効果を発揮することが確認された。

 

 

【用語解説】



注1)透明導電体
高い可視光透過性と導電性を有する物質。不透明な導電性物質は各種金属など数多く存在するが、透明な導電性物質は非常に珍しく、一部の酸化物やナノ構造体(銀ナノワイヤー、グラフェンなど)に限定される。 本文に戻る)

注2)ナノシート
原子1層、数層からなる物質。代表する物質としては、グラフェン、六方晶BN、遷移金属カルコゲナイド(MoS2、WS2など)、酸化物ナノシートなどがある。 本文に戻る)

注3)遮熱効果
太陽光(熱)を遮蔽することによる室温上昇の抑制効果。透明な窓ガラスでは、太陽光のうち熱源となる近赤外光が透過し、遮熱効果が低い。他方、近赤外光を遮蔽する日射遮蔽膜を利用し、近赤外光をカットすることで遮熱効果を高めることができる。 本文に戻る)

注4)日射遮蔽膜
太陽光のうち熱源となる近赤外光を遮蔽する薄膜(太陽熱カットフィルム)。建築物や自動車用の窓材として使用されることが多く、室内の明るさを維持しながら、夏場の空調負荷を低減することができる。 本文に戻る)

注 5)錫ドープ酸化インジウム(ITO)
酸化インジウムに錫(スズ)をドーピングした透明導電酸化物。ITOは、Indium Tin Oxideの略称。タッチパネルなどの透明導電膜の材料として応用されているが、主要元素として希少金属のインジウムを含むため、代替材料が強く望まれている。 本文に戻る)

注 6)高速・液相薄膜作製法(単一液滴集積法)
ナノシートのコロイド水溶液を基板に1滴滴下した後、それを吸引するという簡便な操作により、ナノシート同士が隙間なく稠密に配列し、約1分という極めて短時間で稠密配列単層膜を可能とする薄膜作製方法。単層膜作製の操作を繰り返すことで、ナノシートの厚み単位で制御された多層膜のレイヤーバイレイヤー構築が可能となる。 https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2023/04/post-480.html 本文に戻る)

注 7)稠密配列
ナノシート同士の隙間や重なりを生じさせることなく、トランプを並べるように、秩序正しく配列している状態。ナノシートの優れた機能をフルに引き出して、機能性薄膜を作製するためには、こうした稠密配列膜の実現が重要となる。 本文に戻る)

 

【論文情報】


 
論文誌:ACS Nano
論文タイトル:Gigantic Thermal Shielding in 2D Oxide Nanosheets
著者:Hirofumi Tsunematsu (名古屋大学 大学院生), Yue Shi (名古屋大学 研究員), Eisuke Yamamoto (名古屋大学 助教), Makoto Kobayashi (名古屋大学 准教授),Tomohiro Yoshida (協力研究員), Minoru Osada (名古屋大学 教授) 

DOI: 10.1021/acsnano.3c00815
URL: https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acsnano.3c00815

 

名古屋大学 長田 実研究室
http://mosada-lab-nagoya.com/


◆名古屋大学 情報サイトはこちら>>>
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2023/05/-53co2.html

◆名古屋大学のプレスリリース(本文)はこちら>>>
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/upload/20230522_imass.pdf

研究者連絡先

東海国立大学機構 名古屋大学未来材料・システム研究所
教授 長田 実(おさだ みのる)
E-mail : mosada[at]imass.nagoya-u.ac.jp