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クフ王ピラミッドにある未知の空間を、多地点宇宙線イメージングの技術により、高い精度で詳細に特定!


【本研究のポイント】

○2016年に、クフ王のピラミッドのシェブロンと呼ばれる特徴的な石組み構造の背後に発見した空間の大きさや位置を、ピラミッドを破壊することなく詳細に計測した。
○数cm という高い精度で構造を明らかにしたことで、シェブロンの表面から80cm背後に幅2m、高さ2m、奥行9m程度の空間が存在していることが判明した。
○2017年に発見したクフ王のピラミッドの中心部に位置する巨大空間との関連や、空間の役割に関する考古学的な考察に繋がるものである。

 

【研究概要】


 
 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院理学研究科の森島 邦博 准教授、未来材料・システム研究所の北川 暢子 特任助教らの研究グループは、世界最大規模のクフ王のピラミッドのシェブロンと呼ばれる石組み構造(切妻構造)の背後にある未知の空間(2016年に本研究グループが発見したもの。ScanPyramids North Face Corridor、以下「NFC」)の位置と形状を、多地点宇宙線イメージングの技術により、数cmという高い精度で詳細に特定しました。

 この結果から、シェブロンの表面から80cm背後に、幅2m、高さ2m、奥行9m程度の大きさの空間が存在していることが判明しました。
 本成果は、多地点から計測データを総合的に解析し、宇宙線イメージングの信頼性と飛躍的な精度の向上を達成したことで、得られたものです。今後は、2017年に本研究グループが発見したクフ王ピラミッドの中心部に位置する巨大空間との関係性や、空間の役割に関する考古学的考察などの異分野にまたがる融合研究へと発展し、クフ王のピラミッドの謎の解明につながることが期待されます。
 本研究は、カイロ大学(エジプト)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、CEA(フランス)などとの国際共同研究「スキャンピラミッド(ScanPyramids)」において行われました。
 本研究成果は、2023年3月2日19時(日本時間)付学術出版社Springer Nature社のオープンアクセス電子ジャーナル「Nature Communications」に掲載されました。

 

【研究背景】


 
 エジプトのクフ王のピラミッドは、約4,500年前に建造された世界最大規模の石造建築物です(図1)。クフ王のピラミッドは、同時期に建造された他のピラミッドと比べて、非常に複雑な内部構造を有しています(図2)。ピラミッドの内部構造は、王の間、女王の間、地下の間が1m程度の通路でつながれており、中心部には王の間へ通じる大回廊と呼ばれる巨大な空間があります。さらに、ピラミッドの北側には、クフ王のピラミッドにしか見られないシェブロンと呼ばれる特徴的な切妻構造の石組みが見られます(図3)。シェブロンは、建造当時は、ピラミッドを覆う化粧石に覆われていて外見からは確認できない構造であったと考えられています。シェブロンの下には、建造当時のピラミッドの入り口が確認されており、その通路は地下の間へ向かうことから下降通路と呼ばれています。現在、観光客は、この通路からピラミッドの内部へ入ることは出来ず、アルマムーンの通路と呼ばれる、後世にアルマムーンにより空けられた別の水平通路から入り、上部へと続く上昇通路を通り、大回廊を抜けて王の間を見学することができます。

 日本から名古屋大学、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、エジプトからカイロ大学、フランスからCEAなどが参加する国際共同研究スキャンピラミッド(ScanPyramids)では、2015年より、最先端科学技術を用いてエジプトのピラミッド群の調査を進めています。名古屋大学は、原子核乾板注1)(と呼ぶ写真フィルム型の素粒子検出器を用いて、宇宙線イメージングによるピラミッド内部の未知の構造探査を進めています(図4)。宇宙線イメージングとは、宇宙線中に含まれる素粒子の一種であるミューオンが持つ、厚い物質でも通り抜ける性質を利用することで、X線レントゲン撮影のように、厚い物体の内部を非破壊で可視化する技術です。本研究グループは、2016年に、下降通路に設置した原子核乾板検出器により宇宙線ミューオンを観測し、シェブロンの背後に南北に延びた通路状の未知の空間(ScanPyramids North Face Corridor : SP-NFC)を発見しました(参考:以下※2016年プレスリリース)(図5)。さらに、2017年には、女王の間に設置した原子核乾板により、大回廊の上部に未知の巨大空間(ScanPyramids Big Void : SP-BV)を発見しました(参考:以下※2017プレスリリース)(図5)。いずれの空間もピラミッドの外部から繋がる通路は確認されておらず、今もなお、4,500年前の構造を保っていると考えられます。

 ※2016年名古屋大学プレスリリース:
 「宇宙線による最新の透視技術でエジプト・クフ王のピラミッドに未知の空間を発見」
 https://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20161017_imass.pdf

 ※2017年名古屋大学プレスリリース:
 「宇宙線の観測(ミューオンラジオグラフィ)によりエジプト・クフ王のピラミッドの中心部に 未知の巨大空間を発見!」
 https://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20171114_iar_1.pdf

 2017年以降、2つの空間の関係や役割を明らかにするために、空間の詳細な位置と形の解明を目指した宇宙線イメージングの観測と解析を続けてきました。いずれも、空間の方向に向けた原子核乾板検出器を多地点に配置して同時観測を行うことで、立体的な情報を得るための多地点宇宙線イメージングを進めてきました。

 本研究成果は、2016年に本研究グループが発見したシェブロン背後のNFCを対象に、2019年に実施した宇宙線イメージングによるものです。  

 

【研究内容】


 
 本研究では、原子核乾板の特徴(電源不要、軽量、コンパクト)を生かして下降通路に6検出器(4箇所)、アルマムーンの通路に4検出器(3箇所)を設置し、多地点からの同時観測による宇宙線イメージングを実施し、その結果を解析しました(図6図7)。

 下降通路に設置した検出器は、NFCの真下に位置しています。アルマムーンの通路は、下降通路とは異なる位置にあるため、アルマムーンの通路に設置した検出器からは、NFCを見上げるような配置になります。下降通路はアルマムーンの通路と比べてNFCに近いために、下降通路に設置した検出器からは、より高い解像度でNFCを画像化できることから、その断面形状を高い精度で決定できます。一方、アルマムーンの通路に設置した検出器からは、NFCを側面から画像化できるために、高い精度でNFCの傾きや長さを決定できます。

 宇宙線イメージの解析のために、ピラミッド内外の詳細な3Dモデルをカイロ大学が構築し、その3Dモデル中での検出器の位置を5cm以下の精度で特定したモデルを用いて、NFCが存在しない場合に、各検出器から期待される宇宙線イメージのシミュレーションを実施しました。各検出器から得られたデータとこのシミュレーションを比較し、一致しない領域はNFCの存在を示します。このような解析の結果、下降通路およびアルマムーンの通路の全ての検出器の解析結果でNFCが確認されました(図8)

 下降通路の解析では、4箇所のデータで確認されたNFCの存在領域からおおよその位置と長さを推定しました(図9)。その結果を元にして、NFCの形状が直方体であると仮定し、シェブロンの特徴点を原点とした3Dモデル中でその位置や形を変えながら、データとシミュレーションが最もよく一致する各種パラメータの推定を行いました(図10)。その結果、NFCは、シェブロンの表面から80cm背後におよそ2mx2mの断面を持つ長さ約9mの空間であることが判明しました(図11表1)。位置と形を決定するパラメータの精度は、数cm程度であり、宇宙線イメージング(透過法)としては、極めて高い精度が得られました。

 アルマムーンの通路の解析では、NFCの傾きを評価しました。4検出器(3箇所)から得られた結果を下降通路の中心を通る垂直な面に投影し、投影された位置分布を解析しました(図12)。その結果、NFCは水平構造である事が判明しました。また、アルマムーンからの観測結果と下降通路からの観測結果は、良く一致しました(図11)

 更に、CEAの研究グループもガス検出器を用いた計測を独立に行いました。下降通路とその周辺の3箇所に設置されたガス検出器から得られたデータをCEAが解析し、NFCの形状を推定しました(図13)。原子核乾板を用いた名古屋大学とガス検出器を用いたCEAによる2つの完全に独立な解析により得られたNFCのパラメータ推定値は、それぞれ誤差の範囲内で一致しました(図10表1)。

 

【結果の意義】



 本研究成果は、異なるミューオン検出器を用いて完全に独立した解析を行った名古屋大学とCEAの研究グループによって得られました。表1のように、NFCの位置と形を決定するすべてのパラメータ推定値は誤差範囲内で良く一致しており、本研究グループが2016年に発見したNFCが高い精度で測定されていることがわかります。NFCの北端(ピラミッドの表面方向)はシェブロンの背後0.8mに位置しており、南(ピラミッドの中心方向)に向かって 9.1m で終わります。水平構造のNFCは、2.0mx2.0m程度の断面であると考えられます。NFCは、単純な立方体よりも複雑な形状である可能性もありますが、本結果は、平均的な高さと幅を与えるものです。また、我々が知る限り、宇宙線ミューオンにより検出した空間構造の位置と形を数センチメートルの精度で特徴付けた初めての成果です。その結果、NFCは、シェブロンを構成する切妻構造の二段の石組みの下部構造の背後に位置することが明らかになりました。本研究成果は、多地点から計測データを総合的に解析し、宇宙線イメージングの信頼性と飛躍的な精度の向上を達成したことで、得られたものです。考古学的には、シェブロンの背後に位置し、ピラミッドの内部構造をつなぐ一般的な通路よりも大きな断面を持つNFCの発見は、シェブロンの役割にとって決定的なものになる可能性があります。本研究成果が元になり、NFCとSP-BVとの関係や、シェブロンやNFCの役割についての考古学的考察など、異分野にまたがる融合研究へと発展し、クフ王のピラミッドの謎の解明につながることが期待されます。

 本研究は、科研費・学術変革領域研究(B)「原子核乾板によるピラミッド・火山の三次元ミューオンイメージングと対象の多彩化(21H05086)」、科研費・基盤研究(B)「原子核乾板による宇宙線ミューオントモグラフィ技術の開発(18H03470)」、JSTさきがけ「情報計測:高度情報処理と素粒子計測の融合によるミューオントモグラフィ技術」、JST 先端計測分析技術・機器開発プログラム「原子核乾板を用いた高精度宇宙線ラジオグラフィシステムの開発」などの支援の下に行われたものです。

 

図1:クフ王のピラミッド 本文に戻る)

 

図2:クフ王のピラミッドの構造
a : 地下の間、b : 女王の間、c : 大回廊、d : 王の間、e : 下降通路、f : 上昇通路、g : アルマムーンの通路、h : シェブロン
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図3:シェブロン(良質な石灰岩で構成された切妻構造と呼ばれる様式) 本文に戻る)

 

図4:宇宙線によるピラミッド内部構造探査(ScanPyramids) 本文に戻る)

 

図5:クフ王のピラミッド内部に発見した2つの空間 本文に戻る)

 

図6:クフ王のピラミッドの内側から見たシェブロンを含むピラミッド北面と内部構造の3Dモデル。EM1~4は下降通路に設置した原子核乾板検出器、EM5~7はアルマムーンの通路に設置した原子核乾板検出器の位置を示す。Charpak、Joliot、Degennesは、CEAによるガス検出器の設置位置を示す。 本文に戻る)

 

図7:下降通路に設置した原子核乾板検出器(左、中)とアルマムーンの通路に設置した原子核乾板検出器(右) 本文に戻る)

 

図8:下降通路(EM1~4)とアルマムーンの通路(EM5~7)に設置した原子核乾板検出器により観測したシェブロン背後の空間(NFC)のイメージ。各イメージの組の左図は、検出器設置位置から確認されるピラミッドの内部構造(3Dモデル)。右図は、シミュレーションを分母とした、データとシミュレーションの比の分布。データの方がシミュレーションよりも多い場合、ミューオンが多く観測されたことを示しており、空洞の存在を示す。赤い色は、比が1よりも大きいため、シミュレーションから期待されるミューオン数よりも多く観測されていることが分かる。図中のCHはシェブロン、DCは下降通路、NFCはシェブロン背後の空間を示す。 本文に戻る)

 

図9:下降通路に設置した検出器により確認されたNFCの北端と南端の方向へ延長した線をピラミッドの断面図に示した図。この範囲にNFCが存在することが分かる。Chevronはシェブロン、Descending Corridor は下降通路を示す。 本文に戻る)

 

図10:NFCの形(W,H,L)およびシェブロンの座標系(x,y,z)、NFCの原点(赤点)の定義。表1のパラメータ推定値に対応。 本文に戻る)

 

図11:下降通路とアルマムーンの通路からの宇宙線イメージングにより決定されたNFCの構造。a,b共に赤の点線は、下降通路に設置した原子核乾板の解析結果を示す。bの+は、アルマムーンに設置した検出器で検出されたNFCの方向を下降通路の中心を通る垂直断面に投影した代表点を断面図上に図示したもの。下降通路とアルマムーンの通路のいずれの結果も良く一致していることが分かる。 本文に戻る)

 

図12:EM5~7は検出器の位置を示す。各検出器で検出されたNFCの方向を下降通路の中心を通る垂直断面に投影した位置を断面図上に図示したもの。Chevronはシェブロン、Descending Corridor は下降通路を示す。 本文に戻る)

 

図13:CEAのガス検出器によるNFCの位置と形の推定結果。3箇所に設置した検出器から検知されたNFCの北端と南端の方向を示した図。黄色の長方形がNFCの形を示す。 本文に戻る)

 

表1:名古屋大学の原子核乾板による解析結果とCEAのガス検出器による解析結果を表にまとめたもの。NFCの構造を決定するパラメータ推定値は誤差の範囲に収まっていることが分かる。Wは幅、Hは高さ、L長さを示す。X,Y,Zは図10の座標系におけるNFCの原点の位置を示す。αはNFCの傾きを示す。 本文に戻る)

 

【用語説明】



注1)原子核乾板
 原子核乾板とは、写真フィルム型の素粒子検出器です。500μmの透明なプラスチック支持体の両面に、厚さ70-80μmの乳剤層が塗布されています。乳剤層は、臭化銀の結晶がゼラチン膜中に分散された状態となっており、この中を荷電粒子(電荷をもった放射線)が通過すると、通過経路上の臭化銀の結晶に潜像核と呼ばれる銀核が形成されます。この潜像核を核として、写真現像により荷電粒子の軌跡が原子核乾板中に記録されます。現像後の銀粒子の大きさは、直径1μm以下であるために、極めて高い空間分解能で荷電粒子の軌跡を立体的に記録します。この乳剤層中に記録された軌跡を飛跡と呼び、その飛跡を光学顕微鏡で観察することで、サブミクロンの精度で荷電粒子の軌跡を再構成することができます。このような仕組みにより、1mm以下の厚さで、100m先を1mの解像度でとらえることができる高いイメージング分解能(10mrad)を実現します。さらに荷電粒子の検出には、電力を必要としません。これらの特徴は、ピラミッドなどの狭い内部構造や電源供給が難しい場所での使用に非常に適しています。この原子核乾板の分析は、名古屋大学が独自に開発している超高速自動飛跡読み取り装置(Hyper Track Selector)を用いて行います。 本文に戻る)

 

図14:原子核乾板

 

 

[論文情報]


 
雑誌名:Nature Communications  
論文タイトル:Precise characterization of a corridor-shaped structure in Khufu’s Pyramid by observation of cosmic-ray muons
著者:Sébastien Procureur, Kunihiro Morishima, Mitsuaki Kuno, Yuta Manabe, Nobuko Kitagawa, Akira Nishio, Hector Gomez, David Attié, Ami Sakakibara, Kotaro Hikata, Masaki Moto, Irakli Mandjavidze, Patrick Magnier, Marion Lehuraux, Théophile Benoit, Denis Calvet, Xavier Coppolani, Mariam Kebbiri, Philippe Mas, Hany Helal, Mehdi Tayoubi, Benoit Marini, Nicolas Serikoff, Hamada Anwar, Vincent Steiger, Fumihiko Takasaki8, Hirofumi Fujii, Kotaro Satoh, Hideyo Kodama, Kohei Hayashi, Pierre Gable, Emmanuel Guerriero, Jean-Baptiste Mouret, Tamer Elnady, Yasser Elshayeb, Mohamed Elkarmoty ※下線部:名古屋大学

DOI:10.1038/s41467-023-36351-0
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-023-36351-0

宇宙線イメージング研究室(μ研)
https://www.phys.nagoya-u.ac.jp/research/mu.pdf


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研究者連絡先

東海国立大学機構 名古屋大学未来材料・システム研究所
准教授 森島 邦博
E-mail : morishima[at]flab.phys.nagoya-u.ac.jp