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サブナノ厚みを自在に操る:二次元シリカの新合成戦略
新規特性も発現、水解離触媒などの材料設計指針に

《本研究のポイント》


  • 固相界面活性剤注1) を鋳型として利用し、非層状化合物であるアモルファス注2) シリカナノシート注3) の厚みを1ナノメートル(ナノは10億分の1)より薄い精度で制御することに成功。
  • 得られたナノシートは高い均一性と分散安定性を示し、二次元稠密(ちゅうみつ)集積膜を用いてバンドギャップ注4) や絶縁破壊電圧、水解離反応の触媒活性の厚さ依存性を調査。
  • これまで水解離触媒として不活性だと考えられてきたアモルファスシリカが極薄膜化することで高性能な触媒となることを発見。
  • 地殻中に豊富に存在するアモルファスシリカの高度な機能化は、資源制約の少ない新材料創製につながる。

 

【研究概要】


 名古屋大学未来材料・システム研究所(IMaSS)の山本 瑛祐 助教長田 実 教授らの研究グループは、固相界面活性剤を鋳型とする合成手法を活用し、厚さをサブナノメートルレベルで精密に制御できるアモルファスシリカナノシートの合成に成功しました

 二次元ナノ材料はその厚さによって電子状態や触媒特性が大きく変化するため、サブナノメートル精度で厚みを制御することは二次元材料科学の重要課題の一つです。しかし、アモルファスシリカのような非層状化合物は一般的に三次元方向に成長するため、ナノシートの均一な厚み制御は困難とされてきました。

 本研究では、ポリエチレンオキシド(PEO)鎖を持つ固相の界面活性剤を鋳型として活用し、界面活性剤の分子設計により厚みを自在に制御できることを明らかにしました。得られたナノシートは高い分散安定性を持ち、二次元稠密集積膜を形成できることが確認されました。さらに、アモルファスシリカナノシートの厚みが特性に与える影響を調査したところ、バンドギャップは厚みによらず一定であったものの、厚みが薄いほど絶縁耐圧が高まることが分かりました。さらに、バイポーラー膜(BPM)注5) の触媒として活用したところ水解離反応における触媒活性も向上することを発見しました。従来ほとんど水解離触媒能がないと考えられていたアモルファスシリカが、分子スケールにまで薄くすることで機能を発揮することを明らかにした点も極めて重要であり、今後のバイポーラ膜設計に新たな知見を与えると想定しています。

 本研究成果は、2025年11月4日付で米国化学会誌『ACS Nano』に掲載されました。

 

【研究背景と内容】


 近年、二次元ナノ材料は、次世代の電子デバイスやエネルギー変換技術を切り拓く材料として世界的に注目を集めています。わずか数原子層の厚みしか持たない二次元材料は、その厚さによって電子構造や化学的性質が大きく変化することが知られており、特にサブナノメートル(1ナノメートル未満)単位での厚み制御は、材料設計における重要な課題の一つでした。これまでに、グラフェンや遷移金属ダイカルコゲナイドなど「層状化合物」を剥離して得られるナノシートでは層数による厚み制御が可能となってきています。しかし、二酸化ケイ素(シリカ)のような「非層状化合物」では、規定された層構造を持たないため、厚みを揃えたナノシートを合成することは非常に困難でした。そのため、非層状化合物を自立したナノシート化し、厚みを自在に調整する技術は、これまで限られた組成の化合物でのみ実現されていました。

 本研究では、最近研究グループが開発した固相界面活性剤を鋳型としてアモルファスシリカナノシートを合成する方法における重要な要素を徹底的に調査し、分子鎖の長さを設計することでナノシートの厚みを制御できることを見出しました。固相の界面活性剤は界面活性剤分子が集積した層状化合物であり、その隙間を二次元材料の鋳型として活用することができます。この際、界面活性剤分子として、ポリエチレンオキシド(PEO)鎖を有する分子を利用することで、アモルファスシリカナノシートを合成することができることを明らかにしました。さらには、PEO鎖の長さが異なる界面活性剤を用いることで、厚さ0.9、1.5、2.0、2.5ナノメートルといった分子レベルで制御されたアモルファスシリカナノシートを合成することに成功しました。特に、これらの厚みは非常に均一であり、標準偏差は約0.1ナノメートル程度でほぼ同じ厚みを有するナノシートが出来上がっていました(図1)。この他にも有機架橋型アルコキシシランを原料として活用することでナノシート内部に有機官能基を導入することも可能で、さまざまな機能の付与も期待できます。

図1:(上)アモルファスシリカナノシートの原子間力顕微鏡(AFM)注6) 像と(左下)それぞれの厚みの分布と(右下)PEO数と厚みの関係

 さらに重要な点は、得られたナノシートは1枚1枚が溶液中で安定に分散しているため、水面に浮かべて集積させることで大面積かつ均一な膜を形成できることです(図2(左))。この二次元稠密集積膜を活用することでさまざまな基板上にアモルファスシリカ膜を転写することが可能であり、多様な化学的・物理的性質と厚みの関係を系統的に調べることが可能となりました。例えば、今回得られたナノシートのバンドギャップは厚み依存性が無いものの、絶縁破壊電圧は大きく変化していくことが分かりました。さらに、バイポーラー膜における触媒として活用したところ(図2((中))、H2OをHとOHに分解する水解離反応において、アモルファスシリカナノシートが薄くなることで初めて高い触媒活性を示すことを発見しました(図2(右))。これは、従来は水解離触媒反応に対してほとんど触媒能を持たないとされていたアモルファスシリカが、分子レベルの薄膜化によって新たな機能を獲得することを示しており、今後のバイポーラ膜触媒の設計において非常に重要な知見です。

図2: (左)アモルファスシリカナノシート集積膜の原子間力顕微鏡像と(中)水解離触媒の概要図 および(右)水解離反応の過電圧注7) と厚みの関係。
(右)横軸は電流密度、縦軸は過電圧(単位はボルト)。アモルファスシリカの厚みが2.0nmの場合は、水解離反応に大きな過電圧を必要とする(=水解離触媒として機能していない)が、薄くなるにつれて必要な過電圧が小さくなり、水解離触媒として機能していることがわかる。

 

【成果の意義】


 本研究は、サブナノメートル単位で厚さを制御できる非層状化合物のアモルファスナノシートの合成を達成したという点で二次元材料合成における大きな前進であると言えます。従来の「層を剥がす、層数を変化させる」という方法では合成は不可能だった材料に対して、固相界面活性剤鋳型法という新しい合成法を導入することで、サブナノメートルレベルの厚み精密化を実現しました。さらに、ナノシート合成の指針を明らかにするにとどまらず、厚さによって物理的・化学的特性が劇的に変化することを明らかにしました。特に、水解離反応の触媒活性の発現は、電場を最大限に活用できる「超薄膜材料」ならではの効果であり、ナノ構造の設計により優れた触媒が得られることを示す重要な成果といえます。特に、地殻中に豊富に存在するアモルファスシリカを高度に機能化することは、資源制約の少ない新材料創製につながり、元素戦略上も有用であると言えます。今後、本研究で確立した設計指針は、アモルファスシリカだけではなく幅広い組成の非層状化合物の設計につながっていくことが期待されます。

本研究の一部は、科学技術振興機構(JST) 創発的研究支援事業 研究課題「無機ナノシート界面が拓くイオン伝導体の革新(研究代表者:山本瑛祐、JPMJFR235Y)」、日本学術振興会(JSPS) 『科学研究費助成事業』 基盤研究(B) 研究課題「非層状化合物原子膜の精密合成と原子層エンジニアリングへの展開(研究代表者:山本瑛祐、JP23K23434)」、基盤研究(B) 研究課題「アモルファス酸化物原子膜コロイドの超精密合成(研究代表者:山本瑛祐、JP25K01855)」、基盤研究(S) 研究課題「原子膜技術による革新的蓄電デバイスの創成(研究代表者:長田実、JP21H05015)」、扶桑化学工業株式会社などの支援を受けて行われました。

 

【用語説明】


注1) 界面活性剤
 分子内に親水的な官能基と疎水的な官能基を有する両親媒性物質。 (↑ 本文に戻る)

注2) アモルファス
 結晶構造に長距離規則性が無く、無秩序な構造を有する物質。 (↑ 本文に戻る)

注3) ナノシート
 原子1層、数層からなる物質。代表的な物質として、グラフェン、六方晶BN、遷移金属カルコゲナイド(MoS2、WS2など)がある。 (↑ 本文に戻る)

注4) バンドギャップ
 バンド構造における価電子帯の頂上から、伝導帯の底までの間のエネルギー準位 (↑ 本文に戻る)

注5) バイポーラー膜(BPM)
 カチオン交換膜とアニオン交換膜という、イオン選択性の異なる2種類の膜を積層して構成される複合膜。両膜の界面では、水分子が水素イオン(H⁺)と水酸化物イオン(OH⁻)に解離する「水解離反応(Water Dissociation)」が促進される。バイポーラー膜は水から酸と塩基を同時に生成できるため、水電解、燃料電池、二酸化炭素分離・回収、レドックスフロー電池など、多くのエネルギー変換・貯蔵技術への応用が期待されている。 (↑ 本文に戻る)

注6) 原子間力顕微鏡(AFM)
 先端を尖らせた針を試料上で走査して、針が感じる原子間力を電気信号に変えることで表面の形状や高さを測定する装置。 (↑ 本文に戻る)

注7) 過電圧
 理論的な電圧に対して、実際に反応を進行させるために必要となる追加の電圧。過電圧が高いほど、エネルギー損失が大きくなる。 (↑ 本文に戻る)

 

【論文情報】

雑誌名:ACS Nano
論文タイトル:Surfactant templating for sub-nanometer thickness engineering of free-standing non-layered nanosheets
著者:Eisuke Yamamoto*(名古屋大学助教), Yuma Takezaki, Renjiro Hara, Makoto Kobayashi, Ruben Canton Vitoria, Zixiao Shi, David A. Muller, Thomas E. Mallouk, and Minoru Osada (名古屋大学教授)
DOI:10.1021/acsnano.5c13829
URL:https://doi.org/10.1021/acsnano.5c13829

 

 

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研究者連絡先


名古屋大学未来材料・システム研究所
助教 山本 瑛祐
E-mail: e-yamamoto[at]@imass.nagoya-u.ac.jp ※メール送信の際は[at]を@に置き換えてください。