【発表のポイント】
- 全視野結像型透過X線顕微鏡−X線吸収微細構造計測により、作動中の薄膜型全固体電池の非破壊かつ高分解・広視野を両立した観察を実現しました。
- 充放電中の正極・負極層内の化学状態変化を同視野内で“丸ごと”可視化に成功しました。
- 薄膜型全固体電池システム全体の反応・劣化メカニズムの理解による性能向上が期待されます。
【概要】
電解質を液体から固体に変えた全固体電池は、液漏れによる発火の心配がなく、高温・高圧下などの極限環境でも安全に使用できることから、次世代の二次電池として注目されています。しかし電極/固体電解質界面における大きな界面抵抗や繰り返し使うことで生じる亀裂の発生など、実用化に向けた課題が残っており、課題解決に向けて、電池内の反応・劣化挙動の解明が必須となります。これまで、電子顕微鏡を用いた局所的な高空間分解能観察が多数報告されていますが、空間分解能を維持しつつも電池全体を一度に観察し、各要素の反応・劣化挙動を詳細かつ総合的に解析することは一度の計測実験では困難でした。
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科の入山恭寿教授、東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センターの石黒志助教と高橋幸生教授、東北大学大学院工学研究科の戸塚務大学院生(当時)と上松英司大学院生、ファインセラミックスセンターの山本和生主席研究員、高輝度光科学研究センターの関澤央輝主幹研究員らの研究グループは、大型放射光施設「SPring-8」(注1)で全視野結像型透過X線顕微鏡−X線吸収微細構造(TXM−XAFS)測定(注2,3)のもつ空間分解能及び視野サイズと、薄膜型全固体電池の断面スケールが適合することに注目し、充放電過程における正極−電解質−負極層の化学状態変化を同一視野内で“丸ごと”可視化することに初めて成功しました。
電子顕微鏡やX線タイコグラフィ(注4)などの高空間分解の顕微分光計測とTXM−XAFS法のような広域測定、電池全体の詳細かつ総合的な観察を通して、充放電に伴う化学状態の変化や劣化についての理解が進み、電池性能向上への貢献が期待できます。
本研究成果は2023年8月1日、米化学会が刊行する材料科学専門誌ACS Applied Energy Materialsオンライン版に掲載されました。
【詳細な説明】
研究の背景
全固体電池は、固体電解質を使用するため液漏れによる発火の心配がなく、高温・高圧下などの極限環境で使用でき、目的に応じて比較的自由に形状を構成可能なことから、次世代の二次電池として注目されています。しかし、充放電サイクルの繰り返しによる電極のクラックや不活性層の発生、電極−固体電解質界面での大きな界面抵抗など、実用化までに解決すべき課題を依然として抱えています。全固体電池には大きく分けてバルク型と薄膜型の2種類のタイプがあります。薄膜型は電極と電解質の材料を蒸着等によって基板上にきれいに積層して製造できます。そのため大容量化は難しいですが、サイクル寿命が優れ、センサーなどの小型デバイスでの使用が想定されています。さらに均一な積層構造を持つことから電極、電解質、とその界面で起こる現象のメカニズムを理解するためのモデル試料として使用されています。
そこで近年、全固体電池実用化を阻む課題を解決するために、薄膜型電池試料を用いて、顕微鏡と分光法を組み合わせた顕微分光法による研究アプローチが進められています。例えば、走査型透過電子顕微鏡(STEM)を用いた電子エネルギー損失分光法(EELS)では、電極−固体電解質界面付近のナノメートル(nm)オーダーの元素や化学状態の分析が可能になっています。
しかしSTEM 観察では、試料を電子線が透過する厚さ100 nm 以下まで薄くする必要があります。また空間分解能と観察視野の広さとの間にはトレードオフの関係があり、STEM−EELS 研究では、試料のある局所領域しか一度に分析できません。1回のSTEM-EELS観察で数十マイクロメーター(μm; nmの1,000倍)の薄膜全固体電池試料断面全体の反応変化を詳細でかつ総合的に可視化することは困難で、これまでその様な報告例はありませんでした。しかし、今回の放射光を用いた顕微分光イメージング法では、比較的高い空間分解能を維持しながら、各構成要素を個別に分析できるだけでなく、厚い電池試料全体を同時に観察しながら各元素の反応・劣化挙動を分析することが可能なため、STEM−EELSでの課題を解決できます。
今回の取り組み
本研究では、SPring-8の分光分析ビームラインBL37XUに設置されている、全視野結像型透過X線顕微鏡(TXM)システムを用いて、分光計測であるX線吸収微細構造(XAFS)法と連動させたTXM−XAFS測定を薄膜型全固体電池試料に適用しました。今回、試料の薄膜型全固体電池には、Li1+x+yAlxTi2-xSiyP3-yO12 (LATP)という固体電解質のシート(50 μm厚)上に、コバルト酸リチウム(LiCoO2、以下LCO)を正極層(1.41 μm厚)、三モリブデン酸二鉄(Fe2(MoO4)3、以下FMO)を負極層(1.15 μm厚)として積層させたものを用いました。本研究では薄膜電池試料の断面から、正極・固体電解質・負極の積層構造を観察するのですが、薄膜電池そのままでは、透過力の高い硬X線を使用するとはいえ、断面方向の光路長が長すぎますので、集光イオンビーム加工装置(FIB)を用いて、事前に薄膜電池の観察領域を電池の機能を損なわないよう注意深く18〜20 μm幅に切断加工しました。この18〜20 μm幅が断面方向から観察したときそのままX線の光路長となります(図1左)。この加工した試料を、SPring-8 BL37XUに持ち込み、試料をポテンショ・ガルバノスタットと接続した上で、充放電状態を段階的に可変しながら、TXM−XAFSのオペランド計測をCo K吸収端 (7.7 keV付近) 及びFe K吸収端(7.1 keV付近)で行いました。TXM−XAFS計測では直径60 μm 程度の視野サイズを同時に〜100 nmの空間分解能で観察することが可能で、今回の場合、薄膜電池試料の厚さのスケールとマッチしており正極・負極の構造を同一視野で観察可能ということになります(図1右)。
更に、試料吸収像の各ピクセルから、空間分解Co K端XAFS及びFe K端XAFSスペクトルを抽出することができ、充放電の状態(state-of-charge; SOC)を変えながら、それぞれ充放電中での正極、負極の断面内での化学状態とその分布変化を観察することに成功しました。充電過程において、正極LCO層ではLiイオンが固体電解質側へ脱離していき、それに伴ってCoが酸化し、Co K端XAFSスペクトルのピークが高エネルギー方向に移動していきます。負極FMO層では、Liイオンが挿入されていきLi2Fe2(MoO4)3 という相(以下、LFMO)に変わっていきます。ただ、今回の結果は正極LCO相では、SOCに応じてLATPとの界面からの距離に対してほぼ均一にCo酸化が進行する一方、負極FMOはLFMO相がLATPとの界面から200 nmのところで優先的に変化していく様子が見られます。放電過程でも、正極LCO相の断面内変化は均一に進む一方、負極層ではLATP界面から近い方から優先的にLiイオンが抜ける様子を捉えることに成功しました。この結果は、とくに負極と固体電解質との界面にLiイオン移動を阻害する要因があることを示唆しています。
今後の展開
オペランドTXM-XAFS法が、薄膜型全固体電池を“丸ごと”観察可能で、電池性能や劣化現象を理解するための強力な可視化ツールであることを示すことができました。この計測法は、コンピュータ断層撮影(CT)法と組み合わせることで、反応や劣化の分布を3次元的に調べることが可能になります。また、X線タイコグラフィといったより高空間分解能の領域をカバーしたX線顕微鏡技術と組み合わせることで、広い視野の大局的観察とより詳細な観察を併せたマルチスケール顕微イメージングが可能になります。2024年運用開始予定の次世代放射光施設NanoTerasuでも、このような先端的な多次元・マルチスケールの計測が可能となります。リチウムイオン蓄電池系以外にも触媒反応系や燃料電池セルなど、実は詳しく分かっていないデバイス内部の反応分布や傾向をより深く理解することができるようになっていき、材料やセル設計の最適化や性能向上に繋がることが期待されています。
【謝辞】
本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(課題番号 JP19H05813, JP19H05814, JP20K15375, JP22K05296, JP22J21779) の支援を受けたものです。
【用語解説】
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設であり、その利用者支援等は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。(↑ 本文に戻る)
(注2)全視野結像型透過X線顕微鏡(TXM):
フレネルゾーンプレート(FZP)といったレンズの役割を持つ光学素子を用いて、試料の拡大された実像となる透過像を検出器で計測するX線顕微鏡技術。可視光の場合と同様に、試料−FZP間距離 a, FZP−カメラ間距離 b, とFZPの焦点距離 fとの間にはレンズの公式、
が成り立つ。空間分解能はFZPの工作精度に依存し、本実験では〜100 nm程度の分解能で観察可能である。TXMは全視野型の顕微鏡で、均一な広いX線ビームを使い目的の視野を一度の撮影で捉えることができる特徴を持つ。一方で、集光したビーム(X線)を、試料を走査させながら照射し、試料透過後のX線強度の変動を計測する方法を走査型X線顕微鏡といい、こちらはより感度の強い測定に向いている。(↑ 本文に戻る)
(注3)X線吸収微細構造(XAFS):
物質に入射するX線のエネルギーを徐々に上げた際に、原子の内殻電子の励起に伴う吸光度の急激な上昇が観測されるエネルギーを指す。吸収端エネルギーは各元素に固有であり、吸収端近傍での吸光度変化は元素の化学状態を反映する。そのため、任意元素の吸収端近傍における吸光度変化を示す「X線吸収スペクトル」を解析することで元素選択的な化学状態分析が可能。なお、電子殻はエネルギー準位が低い順にK殻、L殻、M殻などと名付けられており、それぞれに対応するエネルギーをK吸収端、L吸収端、M吸収端とよぶ。(↑ 本文に戻る)
(注4)X線タイコグラフィ :
コヒーレントX線回折イメージングと呼ばれるX線顕微法の一つ。試料にコヒーレントX線を照射する際、試料面上でX線照射領域が重なるように試料を二次元的に走査し、各走査点において試料後方で観測されるコヒーレント回折強度パターンを測定する。このようにして得られた複数の回折強度パターンに対して位相回復計算を実行することで試料像が再構成される。(↑ 本文に戻る)
【論文情報】
タイトル: Comprehensive Operando Visualization of the Electrochemical Events in the Cathode/Anode Layers in Thin-Film-Type All-Solid-State Lithium-Ion Batteries
著者: Nozomu Ishiguro*, Tsutomu Totsuka, Hideshi Uematsu, Oki Sekizawa, Kazuo Yamamoto, Yasutoshi Iriyama, and Yukio Takahashi*
*責任著者:
東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター
助教 石黒 志(多元物質科学研究所 兼務)
教授 高橋 幸生(多元物質科学研究所、金属材料研究所 兼務)
掲載誌: ACS Applied Energy Materials
DOI: 10.1021/acsaem.3c01441
URL:https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acsaem.3c01441
◆名古屋大学 情報サイトはこちら>>>
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2023/08/post-544.html
◆名古屋大学のプレスリリース(本文)はこちら>>>
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/upload_images/20230804_engg.pdf
研究者連絡先
東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科(未来材料・システム研究所 兼務)
教授 入山 恭寿(いりやま やすとし)
E-mail : iriyama.yasutoshi[at]material.nagoya-u.ac.jp