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混ぜるだけでタンパク質分子を封入可能なDNA修飾金ナノ粒子結晶の作製に成功!~ドラッグデリバリーシステムのキャリアなどへの応用に期待~

【本研究のポイント】

  • DNAを介して粒子間距離を制御し、ゲノム編集酵素などのタンパク質分子を封入可能なDNA修飾金ナノ粒子結晶の作製に成功した。
  • 結晶にビオチン注1)分子や酵素が結合するためのDNAを組み込むことで、簡便かつ迅速な結晶内への標的分子の保持を実現した。
  • ゲノム編集酵素を担持した結晶をパーティクルガン法により植物細胞に打ち込み、ゲノム編集が行われることを実証した。
  • ドラッグデリバリーシステムのキャリア注2)やバイオセンサー、新規材料創製などへの応用が期待される。

 

【概要】



 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学未来材料・システム研究所の田川 美穂 准教授、横森 真麻 特任助教の研究グループは、国立研究開発法人産業技術総合研究所 生物プロセス部門の菅野 茂夫 主任研究員、鈴木 隼人 産総研特別研究員、中村 彰良 研究員の研究グループとの共同研究で、タンパク質などのナノスケールサイズの分子を簡便、迅速に封入可能なDNA修飾金ナノ粒子結晶の開発に成功しました。
 本研究では、金ナノ粒子の表面にDNAを修飾することで、DNAのプログラマブルな性質を利用して粒子間距離や空間配置を制御し、結晶内の細孔にゲノム編集酵素CRISPR-Cas9注3)等を封入することに成功しました。
 DNA修飾金ナノ粒子結晶は局在表面プラズモン共鳴注4) に基づく特異な光学特性等を発揮する材料として期待されており、また、DNAなどソフトマテリアルのみから構成される材料に比べて、乾燥下でも立体構造が壊れにくいといった利点をもちます。このDNA修飾金ナノ粒子結晶が有する生体分子との親和性や剛性、構造規則性、光学特性等を生かすことで、ドラッグデリバリーシステムのキャリアやバイオセンサー、新規材料創製などへの応用が期待されます。
 本研究成果は、2022年9月6日付イギリス科学雑誌「Soft Matter」に掲載されました。

 

[研究背景と内容]


 
 酵素や抗体といった医学・生物学の分野において重要な高分子を、保護、貯蔵、そして細胞へ輸送する目的を達成するために、さまざまな新規機能性材料の開発が行われています。その中でも、DNAは選択的認識・結合能力に優れた生体物質であり、近年DNA構造体に酵素を封入することで活性や安定性の向上が報告され注目されています。DNA構造体は、DNAのみから構成されているために、ドラッグデリバリーのキャリアとしては剛性や安定性が十分とは言えませんでした。そこで、私たちは、DNAに「ナノ粒子」を組み合わせた構造に着目しました。
 「ナノ粒子」は、それ自身では秩序的に配列することはできませんが、「ナノ粒子」の表面に塩基配列設計をした合成DNAを修飾すると、粒子間距離や空間配置を制御し、粒子充填率注5) の低い結晶構造を作製することが可能となります。したがって、このDNA修飾ナノ粒子によって構成された結晶“DNA修飾ナノ粒子結晶”は、空孔を多数もち、タンパク質などのナノサイズの分子を高密度に結合・封入できる可能性を秘めています。DNA修飾金ナノ粒子結晶はDNAと金ナノ粒子のハイブリッド材料となるため、DNA構造体と比べて剛性・機械的強度の向上が期待されます。また、金ナノ粒子は、特異的な光学的・磁気的特性や触媒作用を有することから、さまざまな応用につながる可能性があります。しかしながら、これまでDNA修飾金ナノ粒子結晶は、主に「ナノ粒子」の配置制御に関する研究が進められており、高分子を内部に封入できるかの検討は行われていませんでした。
 本研究では、結晶の空間に着目し、ナノサイズの分子を装填するためのDNA修飾ナノ粒子結晶のデザインについて検討を行いました。結晶に分子を保持するための機構として、生物学的アプリケーションとしてよく利用されるビオチン―ストレプトアビジン相互作用の利用を試みました。また、ゲノム編集ツールとして需要の高いCRISPR/Cas9タンパク質複合体(RNP)を用いて、DNA結合能を介した分子封入についても検討を行いました。

 

図1. DNA修飾金ナノ粒子結晶への分子封入. (a)スキーム (b)DNAデザイン (c)分子封入評価


 図1に、今回達成したDNA修飾金ナノ粒子結晶への分子封入の概略図を示します。DNA(リガンドDNA)で被覆された金ナノ粒子とナノ粒子同士を架橋するためのリンカーDNAを混合し、加熱・徐冷することでDNA修飾金ナノ粒子結晶を作製しました(図1a)。スペーサー配列の長さを増やすことで、粒子間距離を人為的にコントロールして、空隙率の高い結晶を作製しました(図1b)。このスペーサー配列には、ビオチンを結合させることで、ビオチン‐ストレプトアビジン相互作用によって、ストレプトアビジン分子が内部にとどまるように設計しました。得られた結晶に標的とする分子を加えて室温下で1時間程度インキュベーション、及び捕捉されなかった分子を洗浄除去後、共焦点レーザー顕微鏡注6)を用いて結晶への分子の封入状態を三次元的に観察しました(図1c)。

 

図2. ビオチン分子で機能化されたDNA修飾ナノ粒子結晶への蛍光標識したストレプトアビジン分子封入. (a)結晶の走査型電子顕微鏡像、(b)分子封入前及び後のX線小角散乱測定の解析結果、(c)結晶断面におけるストレプトアビジン由来の蛍光イメージングとラインプロファイル、(d)非ビオチン修飾結晶断面におけるストレプトアビジン及び結晶由来の蛍光イメージングとラインプロファイル。

 
 X線小角散乱注7)と走査型電子顕微鏡注8)を用いて結晶構造の評価及び形状の観察を行い、ビオチン分子を導入したDNA鎖を用いて、デザインした通りの体心立方格子構造の菱形十二面体結晶を作製出来たことを確認しました(図2a、b)。このビオチン分子が組み込まれた結晶に蛍光修飾ストレプトアビジン分子を外部より添加した結果、結晶の内部からストレプトアビジン由来の蛍光が得られ、温和な条件で簡便に分子封入が可能なことがわかりました(図2c)。一方で、ビオチン分子が組み込まれていない結晶(顕微鏡観察のために異なる波長の蛍光分子で修飾)について同様の実験を行うとストレプトアビジン由来の蛍光強度は検出されず、ビオチン修飾が分子封入に効果的であることを明らかにしました(図2d)。また、ストレプトアビジン分子封入後も結晶性を保つことが可能であることも確認しました(図2d)。

 

図3. CRISPR/Cas9タンパク質複合体(RNP)を封入したDNA修飾金ナノ粒子結晶 (a)結晶断面における蛍光タンパク質分子で標識したRNPの蛍光イメージングとラインプロファイル、 (b)RNP 封入結晶の走査型電子顕微鏡像(乾燥状態)、 (c)結晶と金粒子を用いたパーティクルガン法の概略図、(d)シークエンス解析で観察された変異、(e)標的部位における変異数の定量結果、Ctrl、非パーティクルガンコントロールサンプル、Gold 、 既存のパーティクルガン法で用いられる金粒子を打ち込んだサンプル、Crystal 、結晶を打ち込んだサンプル。

 
 ゲノム編集ツールとして需要の高いCRISPR/Cas9タンパク質複合体(RNP)が結合するのに必要なDNA配列が組み込まれた結晶を作製し、DNA結合能を利用したRNP封入にも成功しました(図3a)。DNA修飾金ナノ粒子結晶はDNAなどのソフトマテリアルのみから構成される材料に比べて、剛性や機械的強度の向上が期待できます。実際に、乾燥、真空状態で3次元構造を保ったRNP封入結晶が観察されました(図3b)。
 そこで、このRNP担持結晶を植物へのタンパク質導入技術であるパーティクルガン法のキャリアとして応用することを試みました。パーティクルガン法は、1㎛程度の金粒子表面に導入したい生体分子を吸着させ、ガスの圧力で物理的に細胞内に打ち込む方法です。固い細胞壁を持つ植物細胞にもタンパク質の導入が可能ですが、タンパク質が吸着できる範囲は金粒子の表面のみであるため、金粒子当たりのタンパク質導入量には制限があります。結晶内部にもタンパク質分子を封入できるDNA修飾金ナノ粒子結晶は高効率なタンパク質導入を実現するキャリアとなる可能性を持っています。図3cに結晶と金粒子を用いたパーティクルガン法の概略図を示します。RNPはゲノムの標的部位を切断し、変異を導入することが出来ます。RNP封入後、結晶を植物細胞に打ち込むと、確かにゲノムに変異が起きていることが確認できました(図3d、e)。これは、DNA修飾金ナノ粒子結晶をパーティクルガン法に利用した初めての事例となります。

 

[成果の意義]


 
 本研究は、結晶に分子を添加するという簡便かつ穏やかな条件下で封入が実現するため、環境条件に敏感なタンパク質分子の保護、貯蔵、そして細胞への輸送にとって好ましい方法です。原理的に様々な種類のナノサイズの分子の封入や金ナノ粒子以外のナノ粒子を用いた結晶作製が可能であり、汎用性も高いです。また、光学的・磁気的特性などを有するナノ粒子は、粒子の規則構造化によりその物性の制御性が高まります。本研究により分子封入後も結晶性が保たれることが確認されました。植物育種の重要な研究ツールであるパーティクルガン法における高効率タンパク質分子導入のための新規キャリアや新規材料創製などへのさらなる応用が期待されます。
 
 本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)略的創造研究推進事業 CREST「ゲノムスケールのDNA設計・合成による細胞制御技術の創出」(JPMJCR19S6)、ソロプチミスト日本財団 女性研究者賞、CIRFE若手活性化支援事業の支援のもとで行われたものです。X線小角散乱測定は、SPring-8(BL40B2)において行われました。

 

[用語解説]


 
注1)ビオチン:
 ビオチンは低分子ビタミンの一種であり、ストレプトアビジンと呼ばれるタンパク質に対して強い親和性を有し、結合することができる(ビオチン―ストレプトアビジン相互作用)。

注2)キャリア:
 標的分子を細胞に運ぶことを目的としたドラッグデリバリーシステムにおいて、分子の運び手の役割を果たす物質。

注3)CRISPR/Cas9:
 ヌクレアーゼであるCas9タンパク質と二次構造をとるgRNA(ガイドRNA)の複合体によって、RNAが指定した配列をもつDNAを切断する技術。ゲノム編集技術の中で最も普及した方法で、生物の育種への活用が期待されている。

注4)局在表面プラズモン共鳴:
 ナノスケールにまで微粒子化した金属に光が照射された際に、電子の集団運動による振動(プラズモン)がその表面に局在化すること。この局在化したプラズモンが存在する近傍領域では、強い増強電場が発生し物質を励起することが可能となるため、発光増強などが期待できる。

注5)粒子充填率:
 結晶内部において、空間を占有する粒子の割合。粒子充填率が低いほど「スカスカ」の結晶となる。

注6)共焦点レーザー顕微鏡:
 材料の内部構造を三次元的に観察する装置。焦点面位置以外の光をカットすることで、光学的断層像を得ることができる。

注7)X線小角散乱:
 物質にX線を照射し、その散乱強度パターンから物質の周期的な構造情報を得る手法。

注8)走査型電子顕微鏡:
 電子線を照射して試料から放出された電子を検出することで、ナノ~マイクロメートルサイズの形状や表面の微細構造を観察する装置。

 

[論文情報]


 
雑誌名:Soft Matter

論文タイトル:DNA-functionalized colloidal crystals for macromolecular encapsulation
著者:Maasa Yokomori, Hayato Suzuki, Akiyoshi Nakamura, Shigeo S. Sugano and Miho Tagawa ※本学関係教員は下線
DOI:10.1039/D2SM00949H 
URL:https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2022/SM/D2SM00949H



未来材料・システム研究所 宇治原研究室
https://ujihara.material.nagoya-u.ac.jp/


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