Research
Research Group
研究グループ紹介
五十嵐研究室インタビュー
技術革新の突破口になる!
未来を切り拓くのは謎の発見から
例えば、今では誰もが使っているであろう「ICカード」には、manacaなど交通系のカードやクレジットカード、職員証・学生証などがありますが、あのカードの中、または外に「IC=集積回路(=integrated circuit)」が組み込まれているから「ICカード」って言うんですよね。ということは即ち、あのぺランとしたカードには、電子部品の抵抗器やコンデンサ、トランジスタなどがぎっしり組み込まれ、電磁誘導やマイクロ波によって、電子が超高速で走ったりピタッと止まったり、瞬時に計り知れないほどの信号を正確にやり取りしているという訳です。これらの装置はいつの間にそんなに小さく薄っぺらくなったのか、どんな形をしているのか、数年前はどれくらいの大きさだったのか、考えたことはありますか?
半導体の世界は、幾度となく起こっている「技術革新」により、目覚ましい発展を遂げています。そのような技術革新のなかで活躍しているのが、五十嵐研究室です。
今回は、普段あまり直接目にすることが少ない上に進化のスピードが速く、わかりにくいと思っている人の多い「半導体って何?」という初歩の話から研究内容まで、五十嵐研究室のみなさんにお話を伺いました。
ナノスケール*1で物質の構造や性質を解析する
まず、五十嵐研究室はどんな研究をしているところかを教えてください。
五十嵐:我々の目指しているのは、cutting edge science for innovation。先端的かつ基礎的な科学の知見に基づいて、主な研究ツールである電子顕微鏡を使って、ナノスケール*1で、半導体などの物質の構造や性質を解析しています。
教授五十嵐 信行
IKARASHI Nobuyuki
profile
1988年 東京工業大学大学院理工学研究科物理学修士課程修了後、日本電気株式会社、ルネサスエレクトロニクスを経て、2015年より名古屋大学 エコトピア科学研究所(現未来材料・システム研究所)教授
● 好きなこと / 料理(食べるのも作るのも)。『檀流クッキング』(作者/檀 一雄)の中でも「この地上で、私は買い出しほど、好きな仕事はない」に共感。山歩き(全然出かけられていないけれど)。サッカー(見るのもやるのも。全然練習をしていないけれど)。
研究内容をイメージするために、ナノスケール、半導体といった言葉について、少し説明していただけますか?
五十嵐:今、世の中で作られているテレビやパソコン、スマホ、エアコンなどの電化製品、自動車、ICカードももちろん、日常生活のあらゆるところで半導体素子や集積回路などの半導体デバイスが使われているんですが(半導体デバイスについては後述)、それらは大体、20世紀終盤に入った頃からナノサイズとなり、材料自体の分子や原子の並び(結晶)のわずかなズレや違いで、大きく性能が変わることがわかっています。
それはつまり、世界中が競い合っている「半導体産業」というのは、人間の目では見えないほど小さい部品の材料や設計なんですね。
五十嵐:小さければ小さいほど材料が少なくて安く済みますし、電子が走る距離も短かくなるので、処理スピードが上がるし消費電力は少ないわけです。でも今は、さらに集積(集めて重ねること)するために、放熱(エネルギーロス)をどうやったら少なくできるか、材料そのものの結晶の並びの乱れをどうなくすか、といった研究が重要になっています。
五十嵐研究室では、そういった問題を解決するために、原因となっているところを見つけ出すということですが、どうやって?
五十嵐:肉眼では判別できないほど小さいので、イメージ通りに電気が流れないなどの不具合が起きた時、どこに原因があるのかを示せるのは電子顕微鏡だけだと言っても過言ではないでしょう。電子顕微鏡なら「ここが原因です」って、ピンポイントで課題を示せる訳です。
「半導体テバイス」って?
ところで先ほどの「半導体デバイス」について、もう少し教えてください。
五十嵐:まず「デバイス」を直訳すると「装置」ですが、ある一定の機能を持った電子部品や機器の塊という感じでしょうか。多種多様で、パソコンやマウス、キーボードもプリンターもデバイスですし、CPUやメモリ、ハードデイスクやディスクドライブも「デバイス」です。その材料に半導体を使うと、いろいろなことが実現できるんです。
「半導体」っていうのは、ある条件で電気が流れたり流れなかったりするもので金属みたいにどんどん電気が流れるのは「導体」、全然流れないものは「絶縁体」と学びました。
五十嵐:そうです。昔は、あるものに電気を流すために、金属の銅線などをつなぎ、人の手でスイッチをON、OFFしました。今はそこに半導体を使うことで、何もしなければ電気は流れないけど、電界や磁界の力が及ぶエリアに入ると瞬時に電気が流れる半導体を回路や基板に使うことにより、手を使わずとも情報の伝達や電子媒体への書き込みが一瞬でできたり、逆にストップしたりができるんです。
それで、半導体としての新しい可能性を秘めた窒化ガリウム(GaN*2)を使って作るバワーデバイスなどの開発に携わっていらっしゃるんですね。
五十嵐:我々には、GaNを使って大電流・高電圧に耐えられるようなデバイスを作り、社会にもっと貢献したいという夢があります。その中で当研究室では、デバイスとして利用するために必要な混ぜ材料は何がいいのか、どんな方法がいいのかといった物性の研究を、主に電子顕微鏡を使って解明し、新しい技術の発展に寄与できたらと思って日夜努力しています。
超省エネの世界が広がる「磁気スキルミオン」を解明中
准教授長尾 全寛
NAGAO Masahiro
profile
2008年 早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課程修了。同年 (独) 物質・材料研究機構 博士研究員。2012年 早稲田大学大学院理工学研究科 助教を経て、2016年 名古屋大学 未来材料・システム研究所 准教授。現在は主に、透過型電子顕微鏡によるトポロジカル物質の物性開拓と応用の研究に従事。
● 趣味 / 学生に猫の癒し動画を送り付けること。
長尾准教授も半導体の解明がメインですか?
長尾:僕は主に磁性材料、磁石の材料ですね。今は特に、スキルミオンの解析をしています。スキルミオンっていうのは、イギリス人の物理学者トニー・スカームが考案した、元々原子核の物理の概念なんですが、粒子のように見える特徴のある小さな渦のことです。2010年にその渦の粒は磁石にもあることが見つかって、しかも電流を掛けると粒子が動くんですよ。トポロジー*3っていう数学があって、そこと関連した話だったんです。
その「スキルミオン」にはどんな期待があるんですか?
長尾:トポロジーを持っていると、ほんの僅かな電流で動くんです。だから、スキルミオンのあるなしを0, 1って割り当てることができ、省エネルギーで電子デバイスやメモリが作れるんじゃないかとか、最近は脳を模倣したようなデバイスを作ろうとする研究が発表されたりと、世界中で非常に注目されているんです。電子顕微鏡だとそれを直接見ることができるっていうのが一つの強みでもあり、非常に面白いと思い2013年から研究しています。
子供のころから研究者になりたかったんですか?お得意なことは?
長尾:全然ですよ。何となく大学へ行こうかなと思って浪人してがんばって、たまたま早稲田に入りましたが。だから、学科はどこでもよかったっていう感じなんです。大学に入った時、大学院っていうものを知らなかったくらいで。ピアノは子供の頃からずっとやってましたね。高校の途中までは、ジャズビアニストになりたいと思ってました。
音楽と研究で通ずるものはあるんでしょうか。
長尾:音楽って同じ曲でも表現の仕方で全然違うように聞こえるじゃないですか。そういうところは研究も共通していて、同じ研究で同じ結果だったとしても、そこから得る情報も違えば、伝える表現の仕方も違うし、それは受け取り手によっても違います。研究論文って一つの作品で、その人の思いや伝えたいことが含まれるっていう部分が音楽とも共通しているかなと思います。
「これを見るのは私が世界で初めて!?」という場面に遭遇する魅力
狩野助教は、この4月から着任されたそうですが、電子顕微鏡の魅力はどんなところですか?
狩野:以前は透過型電子顕微鏡(TEM)を使って、究極の2次元材料グラフェン*4を研究していました。見るものによって倍率は1000倍だったり、100万倍だったりしますが、いずれにしても人間の目では、そこにあるのに全然見えないものがTEMを通すと目の前に現れるんです。今まで全く見えていなかったものが。2nmのカーボンナノチューブの中の原子1個1個までがきれ~いにくっきり見えるんですよ!それは感動します。しかも「これを見ているのは、世界で私が初めて?」という場面があるので、それが魅力かな?
助教狩野 絵美
KANO Emi
● 趣味 / 歌うこと。中学からコーラス部に所属して以来、就職後も合唱を継続。
高校生に伝えたいことは?
五十嵐:自分の好きなことは何かな?っていうことを考え続けて欲しい気がします。大学では、やることだけやれば免状をもらって卒業できるんですけど、好きなことがないままではつまらないと思います。いろいろやるうちには、無駄だったなっていうこともたくさんあると思うんですが、大学は無駄な経験をしてもいい時。その中で「こうやったらもっと面白いんじゃないかな」って、興味を持てる好きな分野を持って欲しいなと思います。
1946年に米国で開発された真空管を利用したコンピュータ「ENIAC」は、総重量約30トン。約18,000本の真空管を使った史上最大の電子機械で、約160m2の建物が(電気を増幅させる目的の)真空管で一杯になるほど大きく、使用電力も発熱も膨大だった。回路素数は合計約11万個。
・その後、半導体の研究と、トランジスタ(電気を増幅させる)の開発でエレクトロニクス産業が変革を始める。
・1959年 IC(集積回路)が発明され、日本も含め、70年代終わりまで熾烈な「電卓戦争」が展開された。
・1965年 インテル社の創業者のひとりG.ムーアが提唱した「ムーアの法則=LSI(ICの一種)の集積密度は1.5年で2倍、3年で4倍、15年で千倍に高まる」は、実際にほぼこの法則通りの経過を辿り、今も継続している。
・その後もICは飛躍を続け、LSI(大規模集積回路)、さらに1980年代にはVLSI(素子集積度が10万~1000万個)、1990年代のULSI(素子集積度が1000万個超)へと技術革新が進んだ。
・2000年代に入ると、システムLSI(多数の機能を1個のチップ上に集積した超多機能LSI)の生産が本格化。一方、応用の分野は多岐にわたり、半導体は社会の隅々で使われ、私たちの生活を支えている。
*1 ナノスケール
ナノメートル(nm)単位のスケール、別名:ナノメートルオーダー。
1nm=10-9m=0.000000001m 1mmの1/1000000
*2 GaN
(窒化ガリウム、gallium nitride)ガリウムの窒化物であり、未来研の天野教授がノーベル賞を受賞されるに至った青色発光ダイオード(青色LED)の材料として用いられている半導体。近年ではパワー半導体やレーダーへの応用も期待されている。
*3 トポロジー
同相な写像、すなわち平行移動・回転・裏返し・拡大・縮小の範囲で合成できる変換を施しても保たれる図形的性質を研究する幾何学。位相幾何学。ギリシャ語を語源とした位置を表す言葉「トポ」(topo)と学問を表す「ロジ」(logy)が組み合わされた言葉。
*4 グラフェン
C(炭素)原子同士がハチの巣のように六角形に結合した、原子1個分の厚さしかない物質。軽い上に、引っ張り強度や、熱伝導の良さは何よりも優れており、室温でほかのいかなる物質よりも速く電子を流す、究極の2次元材料。ほぼ完全に透明であるという性質をもち、タッチ式画面や太陽電池に理想的な素材で、新世代半導体を形成するものとして期待されている。
聞き手・文/広報委員会 『IMaSS NEWS Vol.09』特集より抜粋