
《本研究のポイント》
- フラーレン分子と三酸化モリブデンナノクラスターから成る新奇ナノ複合体を創製。
- 巨大熱電効果を利用することで、導電率σに対して熱伝導率κが増加しない低 σ 領域でパワーファクター注1) を最大化することに成功。
- 有機熱電材料としては世界最高の性能指数 zT = 0.81 を実現。
【研究概要】
名古屋大学大学院工学研究科の中谷 真人 准教授、尾上 順 教授らの研究グループは、名古屋大学未来材料・システム研究所の小川 智史 准教授 および電源開発株式会社の西井 俊明 上席研究員(兼名古屋大学工学研究科招聘教員)と共同で、フラーレン分子と金属酸化物ナノクラスターを複合化することで、有機熱電材料において世界最高の熱電性能指数が発現することを発見しました。
体温を電気に変える熱電素子は、超スマート社会の人体装着型センサー用電源としての利用が期待されています。熱電素子を人体に密着させ体温から電力を得るためには、柔らかく軽量で高性能な有機熱電材料が必要不可欠です。熱電材料は、材料の電気伝導率 σ、ゼーベック係数 α、絶対温度 T、熱伝導率 κ を用いて、無次元性能指数 zT = σα2T/κ で性能が評価され、実用化の目安である zT > 1 を実現するために、σ と α を増加させ、κ を抑制するさまざまな提案がなされてきました。しかしながら、「 σ と α のトレードオフの関係」および「 σ と κ の比例関係」の物理法則により、zT = 0.5 を超える有機熱電材料の創製が非常に困難でした。これに対し、本研究グループは、フラーレン膜に酸化モリブデンナノクラスターをドープすることで zT = 0.81 とこれまでの有機熱電材料として世界最高性能を有することを見出しました。
本研究成果は2026年3月26日付にて国際科学雑誌「Scientific Reports」オンライン版に掲載されました。本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(課題番号: JP18H01826、JP20H02463、JP23K26401)及び電源開発共同研究助成の支援のもとで行われたものです。
【研究背景と内容】
ヒトの肌に密着させ体温を電気に変える熱電素子(図1左下)を装着型センサー用の電源として実用化するためには、「高性能」で「柔軟」かつ「軽量」な熱電材料の開発が必須です。現在、室温付近で利用可能な熱電材料としては、無機半導体(Bi2Te3系材料など)が実用化されていますが、その多くは硬くて脆く、有害な元素を含むため、身の回りにはあまり普及していません。熱電材料の性能は無次元性能指数zT(zT = σS2T/κ:導電率σ、ゼーベック係数α、絶対温度T、熱伝導率κ)により評価され、実用化(zT > 1)には、σとαを共に増加させ、かつκを抑制することが必要です。柔軟な熱電材料は、主に炭素ナノチューブや高分子材料を中心に研究開発されてきましたが、これら既存材料では「σとαのトレードオフ関係」および「σとκの比例関係」によりzT = 0.5を超えることが非常に困難でした(図2左)。

図1:既存の無機材料および有機半導体ベースの熱電素子
一方、フラーレン(C60)分子やポルフィリン誘導体等から成る有機半導体は、柔らかく、既存材料の100~1000倍の非常に大きなα値を示すこと(巨大熱電効果[1,2])に加え、κが既存材料の10分の1程度であることから、高性能熱電材料の候補として注目されてきました。しかしながら、有機半導体のσは極めて低い(既存材料の100万~1000万分の1以下)ため、室温におけるzT(zT < 0.01)は実用化には程遠いものでした。また、実用的な熱電素子は、N型材料(α < 0)とP型材料(α > 0)を直列接続したπ型構造から構成されます(図1上)。既存の無機半導体では不純物原子をドープすることでσの向上およびN型/P型特性の制御が可能です。一方、有機半導体では、ドーパント(不純物原子や金属錯体など)の候補が少なく、ドーピングによって巨大熱電効果が失われてしまうことも高性能化(高いzT)を困難にしている大きな要因でした。このように、これまで有機半導体では熱電特性の制御性が低く、巨大熱電効果を利用した熱電素子は実現していませんでした。

図2:有機熱電材料のzTの発展(左)と本研究で開発した熱電材料(右)
本研究では、C60とMoO3の真空共蒸着によって組成比x = MoO3/C60が精密制御されたC60(MoO3)x複合膜を作製し(図2右)、xに対するαとσを真空一貫で評価したところ、非常に大きなα(36 mV/K)を保持しながらC60薄膜に比べてσが1000倍まで向上すること(図3a)、さらにP型特性が発現すること、をそれぞれ見出しました。これは、MoO3がC60膜中でナノクラスターを形成しC60への正孔ドーパントとして機能していることに起因します[3]。図3b(緑◯)に示すように、C60(MoO3)x薄膜は、巨大熱電効果の発現によって、既存材料よりも3~4桁低い低σ領域(10−4~10−2 S/cm)でパワーファクター(PF = σα2)が最大値をとります。この領域では、σとともにκが増加しないことが理論予測されています。MoO3のドープ量が非常に少ないことからC60単結晶の熱伝導率κの値でC60(MoO3)x複合膜のzTを算出すると、zT = 0.14と推定されます(図3b右軸)。この値はC60薄膜の値に比べて約100倍の値であり、他の有機熱電材料と比べても大きな値です。
また、C60(MoO3)x薄膜の加熱処理によるσとαの変化を調べたところ、約100℃までの加熱では、組成xに関わらず熱電特性はほぼ一定であることから、C60(MoO3)x薄膜は室温駆動の素子材料として優れた熱的安定性を有することが分かりました。さらに、x = 0.05およびx = 0.09の複合膜をやや高温(110~180℃)で加熱すると、PFの値が急激に増加しました(図3bの赤☆および青☆)。PFの増加は低σ領域において起きることから、C60(MoO3)0.05複合膜のzTは0.81 と推定されます。この値はこれまで報告されている有機熱電材料としては最も高い値です。

図3: C60(MoO3)x膜の(a) |α|-σ特性および(b) PF-σ特性.(b)の右軸はzTの推定値
【成果の意義】
本研究では、C60と(MoO3)nナノクラスターを複合化させることで、有機半導体のみに発現する巨大熱電効果を保持しつつキャリアドープすることにより0.5を超える高い熱電性能指数を得ることに世界で初めて成功しました。これまで、既存材料では高σ領域(σ > 10 S/cm)でPFを最大化することで熱電特性を制御してきましたが、この場合、「σとκの比例関係」によってzT向上が抑制されることが有機熱電材料の発展を阻んできました。これに対して、本研究では、C60(MoO3)xに発現する巨大熱電効果を利用することで、σとともにκが比例しない低σ領域(10−4~10−2 S/cm)でPF を最大化し、有機熱電材料としては世界最高値のzT = 0.81を実現することに成功しました。本研究のアプローチは、有機熱電材料の研究開発において、zT = 0.5の壁の先にある未踏領域へ踏み出すための新たな材料設計指針となることが期待されます。
また、C60(MoO3)xはサイズ1 ナノメートル前後の2種類のナノクラスター材料から構成される複合体と見なすことができます。このナノクラスター複合体は、ナノクラスター間の弱い共有結合や少量の電荷移動を介して固体が構成されることから、分子結晶と共有結晶の中間に位置する新物質群として知られています[4]。本研究ではC60と(MoO3)nから成るナノクラスター複合体がzT = 0.81を示す高性能P型熱電材料として振る舞うことを示しました。これまで、(MoO3)n以外にも数多の金属酸化物ナノクラスターの作製と物性が報告されています。これら種々の金属酸化物ナノクラスターをC60や有機半導体と複合化させることで、炭素ナノチューブや高分子ベースの有機熱電材料よりもはるかに高性能(zT > 1~1.5)かつ極めて高い物性制御性(α、σ、P型/N型など)を有する“新たな熱電材料群”の創製が期待できます。
以上のように、「熱電材料の高性能化に関する新たな指針」とそれに基づく「新たな柔らかい高性能熱電材料群の存在」が本研究によって指し示されました。
【参考文献】
[1] H. Kojima, et al., Mater. Chem. Front. 2, 1276–1283 (2018).
[2] M. Nakamura, et al., Faraday Discuss. 250, 361–376 (2024).
[3] M. Nakaya, et al., J. Chem. Phys. 158, 054701 (2023).
[4] S. A. Claridge, et al., ACS Nano 3, 244–255 (2009).
【用語説明】
注1) パワーファクター
ゼーベック係数αの二乗と電気伝導率σの積(α2σ)で表され、単位温度差あたりの発電電力の大きさに関する指標として用いられる。 (↑ 本文に戻る)
【論文情報】
雑誌名:Scientific Reports
論文タイトル:Novel strategy for boosting thermoelectric performance of organic materials with low electrical conductivity
著者:Masato Nakaya, Shun Yamamoto, Satoshi Ogawa, Toshiaki Nishii, Jun Onoe
DOI:10.1038/s41598-026-44966-8
URL:https://www.nature.com/articles/s41598-026-44966-8
雑誌名:Carbon
論文タイトル:High-performance and anomalous thermoelectric properties of organic-inorganic nanocomposites consisting of fullerene molecules and molybdenum trioxide nanoclusters
著者:Masato Nakaya, Shun Yamamoto, Takuya Kawai, Jun Onoe
DOI:10.1016/j.carbon.2025.120374
URL:https://doi.org/10.1016/j.carbon.2025.120374
研究者連絡先
名古屋大学未来材料・システム研究所
准教授 小川 智史(おがわ さとし)
桑原研究室: https://www.lab.imass.nagoya-u.ac.jp/kuwa-lab/
E-mail: s-ogawa[at]@imass.nagoya-u.ac.jp ※メール送信の際は[at]を@に置き換えてください。


