【本研究のポイント】
- 分光分析の高速化を実現する解析プログラム「スペクトル超解像注1)」を開発。
- X線光電子分光法(XPS)注2)の時間を従来の約1/5に短縮、最大で約1/20まで短縮できる可能性も示唆。
- ベンチャーを設立し、スペクトル超解像技術の実用化と普及を推進。
【研究概要】
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学未来材料・システム研究所の原田 俊太准教授の研究グループは、分光データの解像度を向上させる独自のアルゴリズムにより、分光測定の時間を短縮できる解析プログラム「スペクトル超解像」を開発しました。
分光測定は、半導体、バイオ、医療、化学などの幅広い分野で、研究開発や製品検査に活用されています。しかしX線光電子分光法(XPS)などの従来の分光測定では、S/N比(信号・雑音比)を高めるために長時間の測定が必要でした。今回開発した「スペクトル超解像」は、XPSの測定時間を従来の約1/5へと大幅に短くできることが確認されました。さらに約1/20まで短縮できる可能性もあり、XPSを用いた研究開発の加速が期待されます。また、原田俊太准教授はスペクトル超解像技術を実用化し普及させるために、名古屋大学発のベンチャー「SSR株式会社」を創業しました。
本研究成果は、2023年10月22日に第59回X線分析討論会において発表されました。
【研究背景と内容】
分光分析は、半導体、バイオ、医療、化学などの多様な分野で、耐久試験などの手法として研究開発や製品検査に活用されています。しかし、X線光電子分光(XPS)などの分光測定においては、信号・雑音比を高めるためには長時間の測定が必要であり、研究開発の期間を短縮するためには測定の高速化が求められています。
試料表面の化学種や結合状態を分析するXPS測定では、信号・雑音比の高いスペクトルを得るために積算を行うことが一般的であり、一つのスペクトルを測定するのに数分~数十分を要します。各種元素のスペクトルを測定し、深さ方向の計測を行う場合には、測定時間が数時間~1日以上にかかることもあります。
原田俊太准教授らの研究グループは、測定時間を短縮するために、独自技術である「スペクトル超解像」技術を開発しました。この技術は、測定データの解像度を向上させるもので、短時間で取得した低解像度のデータを、高解像度のデータに変換することができます。標準的な測定条件(測定時間:約50分)で取得したスペクトルと、短時間測定(測定時間:約10分)のデータに対してスペクトル超解像を施したものを比較したところ(図1、表1)、スペクトルデータの品質を保持したまま、測定時間を短縮できることが確認されました。さらに、統計的な解析の結果、さらなる測定時間の短縮が可能であり、最大で測定時間を約1/20(約3分程度)まで短縮できることが示唆されています。
原田俊太准教授は、この技術の普及を目指し、名古屋大学発ベンチャー企業、SSR株式会社(https://spectralsr.com/)を設立しました。また、スペクトル超解像による分光データ解析プログラムをSSR株式会社と共同開発し、製造メーカや学術研究機関において実証実験に取り組んでいます。
【成果の意義】
スペクトル超解像によるXPS測定の高速化によって、測定時間を大幅に短縮することができ、特に民間企業における研究開発を加速することが期待されます。また、XPS以外の分光分析の高速化や、ポータブル装置の高精度化など、スペクトル超解像技術の応用範囲を拡大することで、研究開発を支える分光分析技術の高度化に貢献すると考えられます(図2)。
本研究は、日本科学技術振興機構SCORE大学推進型 拠点都市環境整備型 (課題名:超解像による分光分析の高精度化)、科学技術交流財団 研究会事業(研究会名称:分光分析によるスペクトル超解像技術研究会)の支援のもとで行われたものです。
【用語解説】
注1)超解像:
低解像度のデータから高解像度のデータを得る方法。スペクトル超解像では、複数の低解像度のデータから、高解像度のデータを再構築する。(↑ 本文に戻る)
注2)X線光電子分光法(X-ray Photoelectron Spectroscopy: XPS)法:
X線照射により放出される光電子の運動エネルギー分布を測定し、試料表面(数nm程度の深さ)に存在する元素の種類・存在量・化学結合状態に関する知見を得る手法。(↑ 本文に戻る)
【論文情報】
雑誌名:Journal of Electronic Materials
論文タイトル:Application of Bayesian Super-Resolution to Spectroscopic Data for Precise Characterization of Spectral Peak Shape
著者:Kota Tsujimori, Jun Hirotani and Shunta Harada
DOI: https://doi.org/10.1007/s11664-021-09326-4
◆名古屋大学 情報サイトはこちら>>>
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2023/09/-x15.html
◆名古屋大学のプレスリリース(本文)はこちら>>>
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/upload_images/20230906_imass.pdf
名古屋大学 宇治原研究室
https://ujihara.material.nagoya-u.ac.jp/
研究者連絡先
東海国立大学機構 名古屋大学
未来材料・システム研究所 未来エレクトロニクス集積研究センター
准教授 原田 俊太(はらだ しゅんた)
E-mail : shunta.harada[at]nagoya-u.jp