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世界最高エネルギーの衝突型加速器 LHC にてニュートリノ反応候補を初めて観測 ~ ニュートリノ実験の新しい視点 ~

 ニュートリノ※1)は、極端に小さい質量を持ち世代間で大きく混合しているなど異質な存在であり、未だ謎が多く、未知の枠組みの解明への手がかりとなることが期待されています。1GeV 程度のニュートリノを研究する大型のハイパーカミオカンデ計画が進行中ですが、一方で 1TeV(1000GeV)程度の高エネルギー領域でのニュートリノ研究は未開拓であり、衝突型加速器(コライダー)※2)からのニュートリノはこれまでに直接観測されたことがありませんでした。本研究では、欧州原子核研究機構(CERN、セルン)の大型ハドロンコライダー(LHC※3))を用いて未開拓の高エネルギー領域でのニュートリノ研究が可能なことを見出し、LHC でのニュートリノ実験を初めて立ち上げました。現在の加速器によって生成できる最高エネルギーのニュートリノを研究し、未知の高エネルギー領域において 3 種類のフレーバー※4)のニュートリノに素粒子標準理論を超えた物理の影響があるかを検証することを目指しています。
 名古屋大学大学院理学研究科・素粒子宇宙起源研究所の中野敏行講師、
未来材料・システム研究所の中村光廣教授、六條宏紀特任助教、佐藤修特任講師、九州大学基幹教育院の有賀智子助教、千葉大学大学院理学研究院・ベルン大学 AEC-LHEP の有賀昭貴准教授、九州大学先端素粒子物理研究センターの音野瑛俊助教、高エネルギー加速器研究機構(KEK)素粒子原子核研究所の田窪洋介研究機関講師、そして稲田知大博士研究員らを始めとする FASER(フェイザー)国際共同実験※5)グループは、史上初めて世界最大・最高エネルギーの衝突型加速器 LHC からのニュートリノ反応候補の観測に成功しました。
 本研究では、CERN にある LHC のビーム軸上にて、2018 年に小型のニュートリノ検出器を設置してデータを取得しました。ニュートリノは LHC の陽子陽子衝突で生じる様々な粒子の崩壊によって生じますが、反応する確率は非常に小さいです。約 2000 万本ものミューオンが検出器に記録されたのに対し期待されたニュートリノ反応は 10 事象程度でした。膨大な背景事象を処理するために高飛跡密度での飛跡再構成アルゴリズム等の技術開発を行い、ニュートリノ反応候補の探索を行いました。さらに、粒子の角度情報など幾何学的パラメータを用いた多変数解析により背景事象の分別を行い、LHC におけるニュートリノ反応候補の初検出を実現しました。
 これまでコライダー実験とニュートリノ実験は別々の研究領域としてみなされてきました。今回の実験結果は両者のシナジーを生み、今後のコライダーを用いた高エネルギーニュートリノ実験への道を拓くものです。今後、FASER 国際共同実験は 2022-2024 年に本格的な実験を予定しており、LHC 陽子陽子衝突に起因する未知粒子探索および高エネルギーニュートリノ測定を実施します。
 本研究成果は、2021 年11月24日(EST)に米国科学雑誌「Physical Review D」に掲載されました。

 

FASER 国際共同実験グループのメンバーの一部

 

 

LHCにて初観測したニュートリノ反応候補のうちの2例。左側の図は左から、右側の図は紙面に垂直な方向からビームが来ています。各線分は反応で生じた粒子の飛跡を表しています。

 

◎研究者から一言:
 未開拓の高エネルギー領域におけるニュートリノ研究を、日本人グループが中心となって立ち上げ、国際共同研究により推進しています。新しい研究領域を手探りで切り開いていて、苦労も多いですが楽しいです。2022-2024年の実験および将来の実験により、 ユニークなデータを提供していきたいと考えています。


【用語説明】

注1)ニュートリノ:
 素粒子標準理論において、電荷を持たず質量が非常に小さい素粒子と考えられています。電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノという3世代あることが分かっていますが、その詳細 な性 質の 解 明 は これからです。 FASER 実験では、ニュートリノ検出器としてエマルションフィルムという最も 3 次元位置分解能の優れた粒子検出器を用いることにより、これら3世代のニュートリノを識別することができます。

注2)衝突型加速器(コライダー):
 2つのビーム(加速された粒子)を衝突させる加速器です。静止した粒子に加速した 粒子を衝突させる方法に比べてはるかに高いエネルギーの衝突となり、より微細な構造を調べる実験が可能になります。

注3)大型ハドロンコライダー(LHC = Large Hadron Collider):
 高エネルギー物理学 実験を目的として、CERN が建設した世界最大・最高エネルギーの衝突型加速器です。周長が27kmあり、スイスとフランスの国境をまたいで設置されています。2019-2021年は運転停止期間でしたが、2022-24 年に第3期 Run-3の運転が予定されていて、FASER実験もその期間に実施します。

注4)フレーバー:

 クォーク、レプトンの種類 のことで、ニュートリノには、電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノという3種類のフレーバーがあります。標準理論では3種類のニュートリノは同じように弱い相互作用をすると仮定されています。これをレプトン普遍性と呼び、これまで広く受け入れられてきましたが、近年、他のコライダー 実験によって、高い世代の粒子が関わる崩壊においてレプトン普遍性が破れているかもしれないという実験結果が報告されています。

注5)FASER 国際共同実験:
 国際共同実験ForwArd Search ExpeRiment at the LHC FASER、フェイザーと読むは、欧州原子核研究機構CERNにある世界最大のハドロン衝突型加速器LHCの陽子衝突点の超前方ビーム軸に対して0.6mrad以内程度の前方に検出器を設置し、軽い長寿命の未知粒子探索を目的として提案された実験です。
 2019年3月にCERNの正式承認を受けました。その後、未開拓の高エネルギー領域での3世代ニュートリノを研究できることに着目し、日本人グループを中心としてニュートリノ測定 FASER νを提案しました。2019 年12 月に FASERνもCERNの正式承認を受けて、2022-2024年のビーム照射実験に向けた準備を進めています。以下の図1にFASERν検出器の設置位置、図2にFASERνで 研究するニュートリノのエネ ルギー領域を示します。

【参考図】

 

 

図 1. LHC の陽子陽子衝突点とFASERν 検出器の設置位置

 

 

図 2. FASERν で測定予定のエネルギー領域(濃い青い線)と先行研究で測定されてきたエネルギー領域(その他の色の線)。横軸はニュートリノのエネルギー、縦軸は1GeV あたりのニュートリノ反応数(最大値が1 になるように規格化したもの)を示しています。FASERν は黒い矢印で示した高エネルギー領域で加速器実験として史上初の測定を行います。




【論文情報】
タイトル: First neutrino interaction candidates at the LHC
著者名: Akitaka Ariga, Tomoko Ariga(責任著者), Tomohiro Inada, Mitsuhiro Nakamura, Toshiyuki Nakano, Hidetoshi Otono, Hiroki Rokujo, Osamu Sato, Yosuke Takubo, et al. 全 75 名(アルファベット順)
雑誌名:Physical Review D
DOI:10.1103/PhysRevD.104.L091101


【謝辞】
 本研究は、JSPS 科学研究費補助金JP19H01909(研究代表者:有賀智子)、JP20H01919(研究代表者:音野瑛俊)、JP20K04004(研究代表者:田窪洋介)、JP20K23373(研究代表者:有賀昭貴)、第 50 回三菱財団自然科学研究助成(若手助成)(研究代表者:有賀智子)、令和 2 年度九州大学 QR プログラム(研究代表者: 有賀智子)、2020 年度・2021 年度名古屋大学未来材料・システム研究所共同利用・共同研究(研究代表者: 有賀智子) 、Heising-Simons Foundation Grant Nos. 2018-1135, 2019-1179, 2020-1840, Simons Foundation Grant No. 623683(研究代表者:Jonathan L. Feng)、CERN の助成を受けて行われました。


【連絡先】
未来材料・システム研究所 附属高度計測技術実践センター 素粒子計測部
特任講師 佐藤 修
mail: sato[at]flab.phys.nagoya-u.ac.jp

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