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振動発電素子の微視的な仕組みを解明 ~自ら発電するデバイスが身近に~

 非晶質シリカ中の5配位のケイ素原子が作るSiO5構造


【研究概要】

 JST戦略的創造研究推進事業において、静岡大学 工学部の橋口 原 教授と東京大学 生産技術研究所の年吉 洋 教授らの研究グループは名古屋大学 未来材料・システム研究所の白石 賢二 教授、中西 徹 大学院生、長川 健太 研究員、洗平 昌晃 助教らと共同で、振動発電素子注1)において非晶質シリカが負に帯電する微視的な仕組みを世界で初めて解明しました。
 充電不要の自立電源を実現する技術として、外界の振動だけで動作する振動発電素子が期待されています。研究グループが以前開発した、非晶質シリカ注2)を負に帯電させることで動作するカリウムイオンエレクトレット注3)が振動発電素子として期待されていますが、負に帯電する微視的な仕組みは未解明でした。
 研究グループは、非晶質シリカ内にカリウム原子を挿入するとカリウム原子からケイ素原子に電子が供給され、ケイ素原子があたかもリン原子のように振る舞うことを量子力学に基づく計算から発見しました。そして、ケイ素原子は通常の4本ではなく5本の共有結合を酸素原子と形成してSiO5構造となり、この構造が負電荷を蓄積することを明らかにしました。
 本成果により、振動発電素子の信頼性向上や長寿命化への設計指針が得られます。充電なしで動作するセンサーなどが身近になる他、モノのインターネット(IoT)注4)の実現にも貢献が期待されます。
本成果は、2020年10月19日(日本時間)に第37回「センサ・マイクロマシンと応用システム」シンポジウム(オンライン開催)で発表されました。

ポイント
◊ 外界の振動だけで発電する振動発電素子が注目されているが、動作の微視的な仕組みは未解明だった。
◊ 振動発電素子となる荷電体「エレクトレット」が負に帯電する微視的な仕組みを量子計算により世界で初めて明らかにした。
◊ 性能向上への設計指針が得られ、センサーなどデバイスの自立発電やIoTの実現へ貢献が期待される。

<研究の背景と経緯>

 身の回りに存在するわずかなエネルギーを電力へ変換する「エネルギーハーベスティング」の技術が注目されています。特に、近年関心の高まっているIoTや、センサーを大規模にネットワーク化する「トリリオン(1兆個の)センサー」に必要となる、充電不要の自立電源を実現する技術として期待されています。中でも外界の振動を発電に利用する振動発電は、風力発電や太陽光発電のように天候に影響されることがありません。
 研究グループが以前開発した、カリウムイオンエレクトレットを用いた振動発電素子は、半永久的に動作可能であることから注目されていました。カリウムイオンエレクトレットは、非晶質(アモルファス)シリカの中にカリウム原子を導入することで非晶質シリカが負に帯電するようになる現象を利用した振動発電素子ですが、そのミクロスコピック(微視的)な仕組みは未解明で、性能向上の指針を得るのは困難でした。

<研究の内容>

 非晶質シリカ中では通常、ケイ素原子が4本の共有結合を酸素原子と形成し、正四面体のSiO4構造を取っています。そこへカリウム原子を導入するとカリウム原子からケイ素原子へ電子が渡され、ケイ素原子は持っている電子数が1個増えて原子番号の1つ大きいリン原子のように振る舞います。すると5本の共有結合を酸素原子と形成し、SiO5構造となります(図)。この構造はリン系の分子として代表的な五塩化リン(PCl5)と非常に似ています。研究グループは量子力学に基づく計算から、このSiO5構造が負電荷を蓄積する機能を持つことを発見しました。
 カリウムイオンエレクトレットの負電荷蓄積の起源であるSiO5構造は、結合の非常に強いことで知られるSi-Oの共有結合5本で構成されているため、電圧などを加えても崩れることはありません。そのため、カリウムイオンエレクトレットは半永久的に負電荷を蓄積でき、これを用いた振動発電素子は極めて長寿命になります。
 計算機上では、5000ケルビンという高温でケイ素と酸素から構成される液体を仮想的に作った後、これを室温まで冷却することによって仮想の非晶質シリカを作製します。本研究ではこれまで行われてきた研究よりも冷却速度を数倍遅くし、実際の実験により近い条件でシミュレーションしました。この大規模計算は、文部科学省「富岳」成果創出加速プログラムによって豊富なスーパーコンピューターの資源が得られたことで実現しました。

<今後の展開>

 本研究ではカリウムイオンエレクトレットを用いた振動発電素子の微視的な仕組みを明らかにしました。これにより、性能向上への設計指針が明確になり、振動発電素子の実用化、量産化への道が開けます。自立発電するデバイスが身近になり、近年関心の高まっているIoTやトリリオンセンサーの実現にも大きく寄与すると期待されます。

  • 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
     戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
     研究領域:「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」
          (研究総括:谷口 研二 大阪大学 名誉教授)
     研究課題名:「MEMS振動発電を用いたパーペチュアル・エレクトロニクス」
     研究代表者:年吉 洋(東京大学 生産技術研究所 教授)
     研究期間:平成31年4月~令和5年3月
  • JSTはこの領域で、環境に存在する未利用で微小なエネルギーを電気エネルギーに変換(環境発電)する革新的な基盤技術の創出を目指しています。上記研究課題では、回路の動作に必要な電力を自給自足する新たな振動発電素子・システムの実現に挑戦しています。

<参考図>

図 非晶質シリカ中の5配位のケイ素原子が作るSiO5構造


 非晶質シリカ中では通常、ケイ素原子(青色)は4本の共有結合を酸素原子と形成している。カリウム原子を導入すると、カリウム原子から1個の電子がケイ素原子に渡される。電子を1個もらったケイ素原子(緑色)は原子番号の1つ大きいリン原子のように振る舞うようになり、5本の共有結合を酸素原子と形成して5配位のSiO5構造になる。この構造が負電荷を蓄積する機能を持つ。

 

【用語解説】

注1)振動発電素子:
 外界から来る振動(自動車の走行や人が歩くことなどで生じる振動)を電気エネルギーに変える素子。電力を自給自足でき、充電不要でさまざまな用途に使用することができる。(↑ 本文に戻る)

注2)非晶質シリカ:
 シリカはシリコン(Si)と酸素(O)から成る物質、二酸化ケイ素(SiO2)の総称。石英や水晶もシリカの仲間といえる。シリカの原子配列がランダムに近い非晶質(アモルファス)の構造になったものが非晶質シリカで、a-SiO2と記述されることが多い。(↑ 本文に戻る)

注3)カリウムイオンエレクトレット:
 エレクトレット(電石)とは、永久磁石の磁気分極のように、ある種の誘電体において電界をなくしても誘電分極が残留する物質で作られた荷電体である。磁石(マグネット)に倣ってエレクトレットと名付けられた。カリウムイオンエレクトレットは、非晶質シリカにカリウム原子を挿入した後にこれを除去すると非晶質シリカに負の電荷が半永久的に残留する現象を用いたエレクトレットである。(↑ 本文に戻る)

注4)モノのインターネット(IoT : Internet of Things):
 さまざまな物がインターネットに接続され、情報交換することにより相互に制御する仕組みのこと。これによってデジタル社会が進展すると期待されている。(↑ 本文に戻る)

【論文情報】

雑誌名:電気学会論文誌E(センサ・マイクロマシン部門誌)
論文タイトル:Investigation of negative charge storage mechanism in the potassium ion electret by first-principle calculation(カリウムイオンエレクトレットにおける負電荷蓄積機構の第一原理計算による検討)
著者:中西 徹, 宮島 岳史, 長川 健太, 洗平 昌晃, 杉山 達彦, 橋口 原, 白石 賢二
DOI:https://doi.org/10.1541/ieejsmas.141.292


 

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研究者連絡先

東海国立大学機構 名古屋大学未来材料・システム研究所
教授 白石  賢二(しらいし けんじ)
E-mail : shiraishi[at]imass.nagoya-u.ac.jp