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RESEARCH

ビスマスフェライトにおける
新たな結晶相の発見

 

《本研究のポイント》

  • 電気を記憶する強誘電性や磁気を記録する強磁性を併せ持つ「マルチフェロイクス材料」であるビスマスフェライトの薄膜は情報記録やスピントロニクスなどの分野で応用が期待されている。
  • ビスマスフェライト薄膜の性質は原子配列を特徴づける「結晶相」によって決まる。
  • 本研究では、先端電子顕微鏡により、ビスマスフェライト薄膜中に√2×√2の周期を持つ新しい結晶相を発見した。
  • これは次世代メモリやスピントロニクス、エネルギー変換材料の設計に新たな視点を提供する成果である。

 

 

【研究概要】


  熊本大学半導体・デジタル研究教育機構の佐藤幸生教授の研究グループは、名古屋大学未来材料・システム研究所/国際高等研究機構の永沼博特任教授と共同で、ビスマスフェライト(BiFeO3)の薄膜中に従来知られていなかった新しい結晶相が存在していることを発見したと報告しました。ビスマスフェライトは電気と磁気の性質を併せ持つ「マルチフェロイクス材料」として知られ、低消費電力メモリデバイスや超高感度磁気センサなど多用途に応用可能な先端材料です。その原子配列を特徴づける「結晶相」は基板材料の選択や薄膜の作製条件で変わることが知られており、電気的・磁気的な性質は結晶相に強く依存するとされています。加えて、薄膜内で複数の結晶相が混在することもあり、多彩で複雑であるため、結晶相の詳細やその分布を把握することは容易ではありません。
 今回の研究では、アルミニウム酸ランタン(LaAlO3)基板上に製膜されたBiFeO3について原子分解能での走査透過型電子顕微鏡(STEM)による観察を行いました。特に、結晶相を精密に判別するために、STEM像の歪み補正を行って、原子間の距離を高精度で測定しました。その結果、従来知られていなかった√2×√2の周期を持つ新しい結晶相が発見されました。本研究により、マルチフェロイクス材料における微視的な構造と機能の関係解明が進みます。今後は、メモリデバイスやスピントロニクス素子などにおける材料設計の最適化に貢献すると期待されます。
本研究成果は令和7年8月2日に科学雑誌「Journal of Alloys and Compounds」にオンラインで掲載されました。本研究は文部科学省科学研究費補助金、学術変革領域研究(B)「超軌道分裂による新奇巨大界面応答」(23H03803、23H03804)および基盤研究(B)「誘電特性における界面効果の原子スケールメカニズム解明」(課題番号:JP23K26382)、Core-to-Coreプログラム(JPJSCCA20230005)、名古屋大学研究力強化プログラムの支援を受けて実施されました。

 

【背景】


 ビスマスフェライト(BiFeO3)は電気を記録する「強誘電性」と磁気を記録する「強磁性」の性質を併せ持つ「マルチフェロイクス材料」として知られており、次世代のメモリやセンサなど多用途に応用が期待されている先端材料です。BiFeO3に限らず、材料が示す性質はその原子配列を特徴づける「結晶相」によって大きく変化します。BiFeO3は図1に示すペロブスカイト型の構造を持っていますが、その単位格子の辺の長さや辺のなす角度が異なる、複数の異なる結晶相の存在が知られており、それぞれの結晶相が異なる電気・磁気的性質を示します。BiFeO3薄膜の結晶相は基板材料の選択や薄膜の作製条件で変わることが知られていますが、薄膜内で複数の結晶相が混在し、各結晶相の領域が非常に小さいことも相まって、多彩で複雑であるため、結晶相の詳細やその分布を把握することは容易ではありません。

 本研究では、原子の位置を直接観察でき、かつ、画像中に写っている原子の位置を正確に測定できる高精度な原子分解能走査透過型電子顕微鏡(高精度原子分解能STEM)法を使って、アルミニウム酸ランタン(LaAlO3)基板上に製膜されたBiFeO3薄膜内の結晶相を調べました。

 

【研究の内容および成果】


 薄膜内の一部において撮影された高精度原子分解能STEM像から測定された格子定数(単位格子の辺の長さや角度)のマップ(図2)において、以下の特徴が分かりました。(1)格子定数cと格子定数aの比が1.2を超える、(2)格子定数cと単位格子の角度βのマップにおいて、チェッカーボード状のパターンが見られ、格子定数cでは長短の繰り返し、単位格子の角度βでは、90°より大小を繰り返していることが明らかになりました。これらの特徴は従来存在が知られていた結晶相では説明することができず、新しい結晶相の存在を示すものであります。さらに詳細な解析から、この結晶相は従来知られていた正方晶相の派生型であり、図3に示すような原子配列であることならびに点線で示す√2×√2倍の周期の単位格子を持っていることが明らかになりました。

 

【展開】


 今回の研究結果は、BiFeO3を代表とする機能性薄膜材料における原子レベルでの詳細な解析の必要性を改めて目に見える形で示すものとなりました。今後、BiFeO3ならびに各種機能性薄膜材料に対して、同様の研究を進めることで、結晶相と電気・磁気特性の関係がよりクリアになり、新規材料開発や特性向上を強く推し進めるものになると期待されます。

図1: ペロブスカイト型結晶構造の模式図。黒線で示す六面体が単位格子を示す。今回の研究対象であるBiFeO3では、A、B、Xで示す位置にBiイオン、Feイオン、Oイオンがそれぞれ配置している。結晶構造はVESTA(K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).)を用いて描画した。

 

図2:高精度原子分解能STEM法で測定した(a)格子定数a、(b)格子定数cおよび(c)角度βのマップ。a、cおよびβはそれぞれ、図1に示す単位格子で表記されているものに対応する。

図3: √2×√2倍の周期を持つ新しい結晶相の原子配列を示す模式図。正方晶相における単位格子を灰色の線で示す。正方晶相における原子位置からのずれを赤と青の矢印で示す。また、√2×√2倍の単位格子を点線で示す。

 

【論文情報】

掲載誌: Journal of Alloys and Compounds
著者: Yukio Sato, Hiroshi Naganuma
論文タイトル: Coexistence of √2 × √2 superstructure and monoclinic phases in a bismuth ferrite thin film via distortion-corrected scanning transmission electron microscopy
URL : https://doi.org/10.1016/j.jallcom.2025.182622
DOI : 10.1016/j.jallcom.2025.182622

 

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研究者連絡先


東海国立大学機構 名古屋大学
未来材料・システム研究所
特任教授 永沼 博
E-mail: naganuma.hiroshi.j2[at]f.mail.nagoya-u.ac.jp ※メール送信の際は[at]を@に置き換えてください。