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RESEARCH

新しいハイエントロピー化合物超伝導体の合成に成功
~新規超伝導体発見への新しい道~


 
本研究のポイント

  • ハイエントロピー型アンチモン化合物の合成に成功し、超伝導注1)を観測した。
  • 合成した物質が、ハイエントロピー物質(化合物)注2)という物質科学の最新の概念で説明 できることを、結晶構造の温度可逆性や放射光X 線回折測定、電子顕微鏡観察等で確認した。
  • 発見した超伝導体は、関連物質の中でも比較的高い転移温度を示しており、多種の元素を組み合わせることで新機能を生み出すハイエントロピー化を利用することで、さらなる機能性材料の発見が期待される。

 

【研究概要】



 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科の平井 大悟郎 准教授、植松 直斗 大学院生、片山 尚幸 准教授、竹中 康司 教授、同大学未来材料・システム研究所の齋藤 晃 教授らの研究グループは、 (RuRhPdIr)1-xPtxSb というハイエントロピー型アンチモン化合物の合成に成功し、超伝導転移を観測しました。
 ハイエントロピー物質は、5種類以上の元素を等量混ぜ合わせることで、普通には混じり合わない物質を単一の物質として安定化させた物質です。結晶の構造は保ちつつも、原子レベルで元素が無秩序配列しており、この特異な原子配列に起因した高い機械的特性や耐腐食性を示すため、高機能性材料として大きな注目を集めています。
 本研究で合成したハイエントロピー型アンチモン化合物は、関連物質の中でも比較的高い超伝導転移温度を示しており、高い組成の自由度を利用して更なる超伝導性能の向上が期待されます。また、本研究で15族元素を含むハイエントロピー物質が合成できたことで、今後さらに数多くの新物質や新機能の発見が期待されます。
 本研究成果は、2023 年8 月21 日付アメリカ化学会雑誌「Inorganic Chemistry」に掲載されました。

 

【研究背景】


 化学反応によって得られる物質は、混ぜ合わせた際に生じる反応熱であるエンタルピーと、原子を配置する際の場合の数であるエントロピーの変化で決定されます。通常の反応では、前者のエンタルピーによって合成できる物質が決まります。しかし近年、構成元素の種類を増やすことで、後者のエントロピーを大きくし、これまで混じり合わないと考えられていた物質の組み合わせでも、均一な組成を持つ化合物(ハイエントロピー物質)を得られることが発見されました。これにより、従来とは全く異なるコンセプトでの新材料開発が可能となりました。2004年ごろから、5種類以上の金属が等量に近い割合で混合されたハイエントロピー合金の物質開発と材料特性に関する研究が、世界中で活発に進められており、2015年以降は、ハイエントロピー酸化物などの、陰イオンを含む物質群にもハイエントロピー物質の研究は展開されています。
 一方、アンチモン注3)が属する15族元素の金属化合物は、金属元素と同程度の電気陰性度をもっており、金属との間にイオン結合性と共有結合性注4)の中間的な化学結合を形成します。この特徴を利用して、15族元素の金属化合物では高温超伝導や熱電変換材料など様々な高い機能性材料が開発されています。

 

【研究内容】


 私たちは、ハイエントロピー物質の特長とアンチモン化合物が持つ、高い性能を掛け合わせたハイエントロピー型アンチモン化合物の合成を試みました。この結果、新しいハイエントロピー型アンチモン化合物(RuRhPdIr)1-xPtxSb の合成に成功し、この物質がエントロピーによって安定化していることを確認しました。さらに、構成する金属の割合が等しい(x = 0.2)の物質において超伝導を観測しました。

 

図1. NiAs 型(左)とMnP 型(右)の結晶構造の比較。金属元素の種類によって、形成される結晶構造が変わる。

 


 図1のように、金属アンチモン化合物RuSb とRhSb はMnP 型(図右)の、PdSb、IrSb、PtSb はNiAs 型(図左)の結晶構造をもちます。このため、通常の方法で(RuRhPdIr)1-xPtxSb を合成すると、MnP 型とNiAs 型の構造をもつ物質が分離し、均一な物質はできません。しかし、高温で均一化してから急冷すると、全ての金属元素が均一に混じったNiAs 型の構造をもつ(RuRhPdIr)1-xPtxSb が得られました。温度が高くなるほどエントロピーの効果は大きくなるため、高温でエントロピーにより安定化されたハイエントロピー型アンチモン化合物が得られます。さらに、安定化温度やPt(白金)の含まれる量を変化させることで、エントロピーによる安定化でこの物質が得られたことが確認されました。

 

 

図2. (左) 環状暗視野走査透過電子顕微鏡像と(右)元素分析の結果。原子スケールで元素が規則正しく並んで結晶構造が形成されている。含まれる金属元素は全て均一に分散している。

 

 

 合成できたハイエントロピー型アンチモン化合物の観察を、走査透過電子顕微鏡により行ったところ、図2のように原子スケールで元素が周期的に並んでおり、きれいな結晶構造が形成されていることが分かりました。また元素を分析すると、含まれている金属元素は均一に分散しており、原子スケールでランダムに分布していることが確認されました。

 

 

図3. (左) ハイエントロピー型アンチモン化合物の結晶構造と(右)電気抵抗率の温度変化。絶対温度で2.15K(ケルビン)以下にすると抵抗率がゼロになり、超伝導を示す。

 

 

 この物質の電気伝導を測定したところ、温度によらず電気伝導度は一定になりました。これは、温度が下がるほど伝導度が上がる通常の金属とは異なる特殊な振る舞いといえます。図3のように、さらに低温では(2.15K(ケルビン) マイナス271 度)、ゼロ抵抗状態となり、このハイエントロピー型アンチモン化合物は超伝導体であることが明らかになりました。この超伝導転移温度は、関連する物質で最も高い超伝導転移温度を示すPtSbより若干高い温度ですが、今後、構成元素の比率を変えることで、さらに超伝導性能を向上できる可能性があります。 

 

【成果の意義】



〇エントロピーが構造を決める鍵であることを発見
 ハイエントロピー型アンチモン化合物で、エントロピーが結晶構造を決める鍵であることを発見しました。アンチモン化合物は、超伝導や熱電変換など興味深い性質を示すことが知られています。そのため、エントロピーを軸とした材料設計により、さらなる高機能性材料の開発が期待できる成果です。本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(課題番号 JP19H05813, JP19H05814, JP20K15375, JP22K05296, JP22J21779) の支援を受けたものです。


〇ハイエントロピー型アンチモン化合物において超伝導を発見
 ハイエントロピー型アンチモン化合物において超伝導の発現を観測しました。ハイエントロピー化合物における超伝導の研究は、未だ物質数も少なく発展途上です。このため、本発見は、ハイエントロピー化合物の超伝導体に共通する性質の発見や理解につながる成果です。

 

 本研究は、2020年度から始まった日本学術振興会 科学研究費事業(JP20H01858)、新学術領域研究(研究領域提案型)「量子液晶の制御と機能」(JP22H04462)の支援のもとで行われたものです。

 

【用語説明】



注1)超伝導:
 物質を冷却した時、ある温度(超伝導転移温度)以下で電気抵抗がゼロとなる場合がある。この現象を超伝導転移と呼び、超伝導転移を示す物質を超伝導体という。 本文に戻る)

注2)ハイエントロピー物質(化合物):
 5種類以上の元素が等量に近い割合(5~35%)で固溶した物質。5種類以上の金属からなるハイエントロピー合金の研究からはじまり、近年ではハイエントロピー酸化物などの陰イオンを含む物質群にも広がっている。元素が固溶する際の配置のエントロピーが、物質の安定性を決定する要因になっていると考えられている。 本文に戻る)

注3)アンチモン:
 原子番号51の元素で、窒素やリン、ヒ素と同じ15族元素の1つ。金属元素と同程度の電気陰性度をもつため、金属との化合物が半導体や超伝導体など幅広い機能を示すことが知られている。 本文に戻る)

注4)共有結合性:
 2つの原子が電子を出し合い、互いに共有することでできる化学結合を、共有結合という。化学結合を作る2つの元素の電気陰性度の差が小さいとき、結合は共有結合に近い状態になり、逆に、差が大きいとイオン結合に近い状態となる。共有結合的な化学結合の性質が共有結合性である。 本文に戻る)

 

【論文情報】



雑誌名: Inorganic Chemistry
論文タイトル: Superconductivity in high-entropy antimonide M1−xPtxSb (M = equimolar Ru, Rh, Pd, and Ir)
著者: 平井 大悟郎,植松 直斗,片山 尚幸 (名大工), 齋藤 晃(名大未来研), 竹中 康司(名大工)
DOI: 10.1021/acs.inorgchem.3c01364
URL:https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acs.inorgchem.3c01364

 

◆名古屋大学 情報サイトはこちら>>>
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2023/08/post-550.html

◆名古屋大学のプレスリリース(本文)はこちら>>>
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/upload_images/20230823_engg.pdf

 

研究者連絡先

東海国立大学機構 名古屋大学
未来材料・システム研究所
教授 齋藤 晃(さいとう こう)
E-mail:saitoh[at]imass.nagoya-u.ac.jp