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脱炭素社会に向けて新技術! ~AI利用で高品質な6インチのSiC結晶成長の開発を圧倒的な開発スピードで実現~

 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学未来材料・システム研究所の朱 燦(シュ サン) 特任助教、宇治原 徹 教授らの研究グループは、直径6インチのSiC(シリコンカーバイド、炭化ケイ素)単結晶基板を、高品質な結晶成長(結晶を作ること)が可能である「溶液成長法注1)」を用いて作製することに、世界で初めて成功しました。
 脱炭素社会の実現に必要な技術として、パワー半導体が大きな注目を集めています。パワー半導体で作られるパワーデバイス注2)は、電気自動車(EV)や鉄道、エレベータ等、大きな電力を使うモータの制御部分や、太陽光発電や風力発電などの自然エネルギーの電力制御に不可欠です。SiCは、エネルギーロスの少ないパワー半導体として大変注目されており、すでに一部で実用化されています。しかし、SiCのパワーデバイスは歩留まりが悪く、コストが高いという課題がありました。コストを下げるには基板結晶の高品質化が不可欠です。
 「溶液成長法」は、従来のSiC結晶の作製方法とは異なり、この方法で作製する結晶基板は欠陥と言われる結晶配列の乱れが大変少なく、高品質である一方、実用化に必要な6インチの大口径基板の実現には至っていませんでした。大口径のSiC結晶基板を作製するには、非常に多くのパラメータ(変更できる条件)の最適値を見出す必要があり、技術の確立には10年から20年の開発期間が必要と考えられてきました。今回の開発では、高品質結晶成長を実現できる「溶液成長法」に、プロセスインフォマティクス注3)というAIの技術を組み入れることで、最適な条件を素早く見出す技術を確立し、2年余りという圧倒的な開発スピードで実現することができました。
 本研究グループは、今回開発した高品質SiC結晶基板の製造販売をおこなうための名古屋大学発ベンチャー株式会社UJ-Crystal(https://ujcrystal.co.jp)を設立し、共同で社会実装を目指します。
 本研究成果は、2021年10月24日(日)~28日(木)に開催される欧州SiC関連材料国際会議「European Conference on Silicon Carbide and Related Materials 2020-2021(講演番号We-P-43)」にて発表されました。

【ポイント】
・プロセスインフォマティクスを活用した溶液成長法により6inch SiC単結晶を開発期間約2年という圧倒的短期間で実現。
・溶液成長法で得られるSiC単結晶は従来法である昇華法で得られるSiC単結晶より欠陥密度が1桁以上低い。
・今回実現した高品質6inch SiCを将来急速な拡大が見込まれるEV等のパワーデバイスへの適用により、二酸化炭素削減量の大幅な低減が期待される。
・今回の技術の社会実装に向けて、名古屋大学発ベンチャー株式会社UJ-Crystalを創業している。

 

【研究背景と内容】
 昨今の急激な地球温暖化抑制のため、二酸化炭素(CO2)排出量抑制が世界的に求められています。そのための様々な取り組みの一つに、パワーデバイスの高効率化が挙げられます。
 現在、電力消費の約半分が電鉄、エアコン室外機、エレベータ、EV等のモータ駆動に用いられており、モータ駆動デバイスはパワー半導体で構成されています。現在のパワー半導体の主流はSiで作製されていますが、Siの物性値注4)に起因し、モータ駆動制御時に一定の割合で熱エネルギーが発生します。これは無駄な電力であり、CO2排出量の増加の原因となっています。モータ駆動用パワー半導体をSiからSiCに置き換えることにより、SiCの優れた物性値に起因し、モータ駆動時に発生する熱エネルギーの大幅な削減が可能となり、2030年で1億4000万トン、2050年で2億8000万トンのCO2排出削減効果が見込まれています。
 現在、昇華法という方法で作製されたSiCパワー半導体用基板が市販され、電鉄やエアコン等のモータ駆動デバイスで社会実装されていますが、基板が高価かつ結晶欠陥密度が高いという問題があります。結果としてSiCパワー半導体デバイスが高価かつ低信頼性となり、市場拡大に踏み切れないという現状です。
 我々が取り組んでいる溶液成長法では、図1に示すように昇華法より1桁以上も低欠陥密度のSiC単結晶をすでに2017年に実現していました。図1はX線を用いて結晶を評価した結果です。結晶欠陥は線状および点状のコントラストで表示されますが、市販基板には(a)のようなコントラストが見られ、我々が開発した基板には(b)のように、ほぼこのような結晶欠陥は見られず、非常に低欠陥密度であることが確認できました。しかしながら、結晶サイズが10mm角程度と非常に小径であるという課題がありました。結晶サイズが大きければ、一度に作製できるデバイス数が増えるため、低コスト化され、社会実装が加速されます。
現在市販されている基板では、4inch基板の製品化から6inch基板の製品化に約5年かかりました。なぜなら、図2に示すように昇華法では温度差が結晶成長の駆動力となるため、原理的に大口径化につれ、結晶内の温度差が大きくなります。結果として、大口径化につれ、結晶欠陥が多くなる傾向にあり、大口径化と低欠陥密度化の両立が非常に困難であるためです。一方、我々が用いている溶液法は、結晶成長の駆動力が炭素濃度差であるため、結晶内の温度が均一な状態で成長でき、高品質を維持したまま、大口径化が可能です。

図1 X線による結晶欠陥の評価結果

 

 

 しかしながら、制御パラメータが非常に多いため、実験的に最適値を求めながら、大口径化する方法では、時間がかかりすぎ、先行している昇華法の口径に追いつけません。このため、我々は図3に示すようにAI技術を応用したプロセスインフォマティクスを用いて、コンピュータ内に実際の結晶成長を疑似的に実現する装置を構築しました(デジタルツイン)。これを用いることで、数百万回レベルの試行をコンピュータ内で、短時間でできるようになり、遺伝的アルゴリズムなどの最適化手法を用いることで、条件を素早く求めることができるようになりました。結果として、昇華法では3inchから6inchまでの口径拡大を10年程度掛かりましたが、我々は約1年という圧倒的な速さで実現し、溶液成長法において世界で初めて6inchの結晶を実現しました(図4)。さらに、デジタルツインを活用し、8inch単結晶基板の開発に取り組んでおり、現在、図5に示すように、7inch弱の結晶を実現しています。
 今後、名古屋大学発ベンチャーのUJ-Crystalと社会実装に向けた開発を共同で行い、低欠陥密度SiC基板を通して、脱酸素社会の実現に貢献します。
 なお、今回の結晶の加工については日立金属株式会社の協力を得ています。

図3 溶液成長炉のデジタルツイン

 

図4 開発した溶液法 6inch基板

 

図5 開発中の6inchを超えるサイズの結晶

 

【成果の意義】
・パワーデバイス領域での省エネを実現し、CO2排出量を削減し、脱炭素社会に貢献します。
・今回得られた結果は名古屋大学発ベンチャーUJ-Crystalに技術移転し、超低欠陥密度SiC単結晶基板の社会実装を実現します。
・SiCパワーデバイス低コスト化を促し、本格普及を下支えします。

【用語説明】

注1)溶液成長法:
 溶媒に溶け込んでいる溶質を種結晶上にて析出させ結晶成長させる方法。一般的に溶液法とも呼ぶ。SiCの場合、Si融液中に炭素坩堝から析出したCを溶かし込む。SiへのCの溶解度が低いため、Crなどの金属を添加し、溶解度を向上させる。種結晶は溶液上部に位置するのが一般的な方法。

注2)パワーデバイス:
 電力の直流⇔交流への変換、交流の周波数変換、直流の電圧変換に用いる半導体素子。一般的に「半導体」と言えば、「半導体集積回路」を指す。パソコン、スマホ、ゲーム機、テレビ、自動車制御系、バイク制御系など現在のありとあらゆる製品の電気制御に用いられる。一方、パワーデバイスは比較的大きな電力を制御する半導体であり、エアコン室外機モータ、電鉄モータ、EVモータ、エレベータ用モータの駆動等に用いられる。

注3)プロセスインフォマティクス:
 コスト削減、品質向上等の最適なプロセス条件をAIにより、少ない試行回数で素早く見つけ出す手法。

注4)物性値:
 物質の特性を表す指標。密度、熱伝導率、融点、硬度など。世の中で一番硬くて、強固な材料はダイヤモンド(C)。原子結合が非常に強固で、優れた物性値を有する。SiCはSiとCの相の子で、中間の性質を有している。Siより強固な原子結合であるため、Siよりも優れた物性値を有する。

 

【今回発表を行った論文情報】
会議名: 欧州SiC関連材料国際会議European Conference on Silicon Carbide and Related Materials 2020-2021(講演番号We-P-43)、2021年10月24日~28日, フランス、トゥール
論文タイトル:6-inch SiC crystal growth by solution method assisted with AI technology
著者:C. ZHU, W. YU, K. SUZUKI, Y. DANG, T. FURUSHO, S. HARADA, M. TAGAWA, T. UJIHARA


【その他の論文情報】
[1]雑誌名:Journal of Crystal Growth, Volume 395, 1 June 2014, Pages 68-73
論文タイトル:Top-seeded solution growth of three-inch-diameter 4H-SiC using convection control technique
著者:Kazuhiko Kusunoki, Nobuhiro Okada, Kazuhito Kamei, Koji Moriguchi, Hironori Daikoku, Motohisa Kado, Hidemitsu Sakamoto, Takeshi Bessho, Toru Ujihara
DOI: 10.1016/j.jcrysgro.2014.03.006

[2]雑誌名:APPLIED PHYSICS EXPRESS, Volume 395, 1 June 2014, Pages 68-73
論文タイトル:Low-dislocation-density 4H-SiC crystal growth utilizing dislocation conversion during solution method
著者:Yuji Yamamoto, Shunta Harada, Kazuaki Seki, Atsushi Horio, Takato Mitsuhashi, Daiki Koike, Miho Tagawa, Toru Ujihara
DOI: 10.7567/APEX.7.065501

[3]雑誌名:Appl. Phys. Express, Volume 5, Number 11, Pages 115501
論文タイトル:High-Efficiency Conversion of Threading Screw Dislocations in 4H-SiC by Solution Growth
著者:Y. Yamamoto, S. Harada, K. Seki, A. Horio, T. Mitsuhashi, T. Ujihara
DOI: 10.1143/APEX.5.115501

[4]雑誌名:Cryst. Growth Des. 2013, Volume 13, Pages 3691–3696
論文タイトル:Influence of Solution Flow on Step Bunching in Solution Growth of SiC Crystals
著者:Can Zhu, Shunta Harada, Kazuaki Seki, Huayu Zhang, Hiromasa Niinomi, Miho Tagawa, Toru Ujihara
DOI: 10.1021/cg400706u

[5]雑誌名:JOURNAL OF CRYSTAL GROWTH, Volume 468, 15 June 2017, Pages 874-878
論文タイトル:Two-step SiC solution growth for dislocation reduction
著者:K. Murayama, T. Hori, S. Harada, S. Xiao, M. Tagawa, T. Ujihara
DOI: 10.1016/j.jcrysgro.2016.11.100

[6]雑誌名:CrystEngComm, 2018, 20, 6546-6550
論文タイトル:High-speed prediction of computational fluid dynamics simulation in crystal growth
著者:Y. Tsunooka, N. Kokubo, G. Hatasa, S. Harada, M. Tagawa, T. Ujihara
DOI: 10.1039/C8CE00977E

[7]雑誌名:CrystEngComm, 2021, 23, 1982-1990
論文タイトル:Adaptive process control for crystal growth using machine learning for high-speed prediction: application to SiC solution growth
著者:Yifan Dang, Can Zhu, Motoki Ikumi, Masaki Takaishi, Wancheng Yu, Wei Huang, Xinbo Liu, Kentaro Kutsukake, Shunta Harada, Miho Tagawa and Toru Ujihara
DOI: 10.1039/D0CE01824D

[8]雑誌名:CrystEngComm, 2021, 23, 2695-2702
論文タイトル:Geometrical design of a crystal growth system guided by a machine learning algorithm
著者:Wancheng Yu, Can Zhu, Yosuke Tsunooka, Wei Huang, Yifan Dang, Kentaro Kutsukake, Shunta Harada, Miho Tagawa, Toru Ujihara
DOI: 10.1039/D1CE00106J

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