【研究概要】
名古屋大学未来材料・システム研究所の山本 瑛祐 助教と長田 実 教授らの研究グループは、従来は溶解させたまま活用する界面活性剤を金属イオンと共にあえて析出させて、固体の結晶として鋳型利用することで、多様なアモルファスナノシートの合成に成功しました。
近年、アモルファスナノシートが最先端材料として注目を集めていますが、その多くは厚いものであり、分子レベルの厚みのアモルファスナノシートが合成できるのは限られたごく一部の組成の材料に限定されていました。
本技術では、「溶かさない界面活性剤結晶」の隙間にある、原子レベルの薄さの均一な二次元空間を金属種の反応場として利用することで、多様なナノシートを作り出すことができます。今回の研究でAl, Sc, Cr, Mn, Fe, Co, Ga, Rh, In, Ceなどを含む多様なナノシートを合成できるようになりました。
本技術で合成した新しい材料群は、二次元材料やアモルファス材料の新しい科学の潮流を切り開くことが期待されます。
本研究成果は、2024年8月4日付国際誌『Nature Communications』に掲載されました。
【研究背景と内容】
ナノシートは元々の三次元物質とは異なる特性や機能を示し、原子レベルの薄さと二次元ナノ構造に起因した、特異特性を示すことが知られています。従来の研究では、天然に存在する結晶性層状化合物から剥離される結晶性のナノシートが主に活躍してきましたが、ごく最近の研究では、1nm程度の極めて薄いアモルファスのナノシートが次世代の新しい材料として期待されています。例えば、アモルファスのナノシートはその乱れた構造に由来して多くの欠陥を含むために優れた触媒活性を示すことや、応力がゆっくりと緩和するためにしなやかな機械的な特性を示すなど、これまでの結晶性ナノシートとは全く違う世界が広がっています。しかしながら、アモルファス物質は非層状構造体であるため、一般的な合成手法である層状化合物の剥離によるナノシート合成が困難でした。そのため、従来の合成方法で得られるアモルファス二次元材料は厚いシートに限定されており、ナノシート特有の効果が得られる数nmの極限薄膜合成は炭素やシリカなど極めて限られた組成でのみ達成されていました。このアモルファスナノシートという新しい材料群の科学を開拓していくためには、そもそも汎用的な合成手法を開発することが必要となります。
本研究では、従来は溶解させたまま鋳型利用する界面活性剤をあえて析出させて、固体の結晶として鋳型利用することで、多様なアモルファスナノシートの合成を実現しました (図1)。前駆体となる界面活性剤と金属イオンの複合体結晶は、一般的によく使われる洗剤などの界面活性剤水溶液と金属イオン水溶液を混合することで作製できます。この前駆体となる界面活性剤結晶は層状構造を有しており、その層間には金属イオンが規則的に配列しています(図2a)。この界面活性剤結晶に対して、アンモニアの水蒸気を室温で曝露するという比較的穏やかな条件で、界面活性剤結晶の層状構造を残したまま層間の金属種を加水分解させました(図2b)。その後、アンモニア水蒸気処理後の界面活性剤結晶をホルムアミド中に浸漬してエージングすることで金属種の拡散を促進し、アモルファスナノシートを作ることができます。
例えば、金属種としてGa3+を利用した場合に得られるナノシートは、原子間力顕微鏡(AFM)注4)測定により厚みが約1.5 nm程度であり、透過型電子顕微鏡(TEM)注5)観察と制限視野電子回折(SAED)注6)パターンからアモルファス物質であると分かりました(図3)。また、得られたナノシートが酸化物もしくはオキシ水酸化物であることはX線光電子分光法(XPS)注7)により確認しました。このほかにもAl, Sc, Cr, Mn, Fe, Co, Ga, Rh, In, Ceなどを含む多様なナノシートを合成することに成功しています(図4)。
図 1 界面活性剤結晶を用いたアモルファスナノシート合成の概念図
界面活性剤結晶はシンプルに洗剤などに含まれる界面活性剤と金属イオンを混ぜ合わせるだけで出来上がる。通常は溶解させたまま利用するが、今回はあえて固体の結晶として析出させることが重要である。この固体の結晶に対してアンモニア水蒸気を処理した後に、ホルムアミドに浸漬して熟成すると、アモルファスナノシートが出来上がる。
図 2 (a)界面活性剤と金属イオンを混合した際に形成する層状結晶と(b)アンモニア水蒸気処理後に形成する結晶
実際に合成した界面活性剤結晶は、光学顕微鏡で見ると透明な美しい粉末として見られる。この界面活性剤結晶の中には、多様な金属イオンを閉じ込めることが可能であり、二次元空間の中に金属種が配列した構造を取ると予想される。また、アンモニア水蒸気で処理した後にも粉末として残存しており、その場合には金属イオンが加水分解・重縮合してクラスターを層間で形成していると予想される。
図 3 界面活性剤結晶を用いたアモルファス酸化/オキシ水酸化ガリウムナノシート
典型的な例としてガリウム種を利用した例を示す。得られたナノシートが厚み1.5nmのアモルファス酸化ガリウム、もしくはオキシ水酸化ガリウムであることを確認した。
図 4 界面活性剤結晶を用いた多様なアモルファスナノシート合成
今回は10種類の金属種を利用してナノシート合成を達成した。いずれも3価の金属カチオンを前駆体として利用したものである。複数の金属種を組み合わせたナノシートを合成することも可能である。
【成果の意義】
界面活性剤をあえて溶かさずに金属イオンと共に結晶化することで、原子レベルで平滑な二次元空間に金属イオンを閉じ込めるという発想により、固体結晶を鋳型として利用する二次元材料創製の新しい手法を提案しました。層間に金属種を整列させたのちに、ステップを分けて加水分解や重縮合を促進することで、従来法では達成困難であった多様なアモルファスナノシートを合成することに成功しております。本技術で合成した新しい材料群は、二次元材料や非晶質材料の新規物性開拓など新しい科学の手がかりとなることが期待されます。
【用語説明】
注1)界面活性剤:
洗剤などによく利用される、分子内に親水的な官能基と疎水的な官能基を有する両親媒性物質。(↑ 本文に戻る)
注2)アモルファス:
結晶構造に長距離規則性が無く、無秩序な構造を有する状態。(↑ 本文に戻る)
注3)ナノシート:
原子1層、数層からなる物質。代表的な物質として、グラフェン、六方晶 BN、遷移金属カルコゲナイド(MoS2、WS2など)がある。(↑ 本文に戻る)
注4)原子間力顕微鏡(AFM):
先端を尖らせた針を試料上で走査して、針が感じる原子間力を電気信号に変える事で表面の形状や高さを測定する装置。(↑ 本文に戻る)
注5)透過型電子顕微鏡(TEM):
電子ビームを試料に対して照射し、透過した電子を用いて像観察をする顕微鏡。ナノメートルサイズの小さな構造体を観察することが可能。(↑ 本文に戻る)
注6)制限視野電子回折(SAED):
TEM観察をする際に電子線を並行に試料に照射することで回折図形を得て、結晶構造の定性的な解析をする手法。(↑ 本文に戻る)
注7)X線光電子分光法(XPS):
試料表面にX線を照射した時に放出される光電子を検出し、試料表面の元素分析や化学結合状態を解析する表面分析法。(↑ 本文に戻る)
【論文情報】
雑誌名 :Nature Communications
論文タイトル:Solid-state surfactant templating for controlled synthesis of amorphous 2D oxide/oxyhydroxide nanosheets
著 者 :山本瑛祐(助教), 栗本大輝(研究当時 大学院生), 伊東健太郎(大学院生), 林 浩平(研究当時 大学院生), 小林 亮(准教授), 長田 実(教授)
DOI: 10.1038/s41467-024-51040-2.
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-024-51040-2
【研究者連絡先】
未来材料・システム研究所
長田研究室 URL:https://mosada-lab-nagoya.com
助教 山本 瑛祐(やまもと えいすけ)
E-mail: e-yamamoto[at]imass.nagoya-u.ac.jp
教授 長田 実(おさだ みのる)
E-mail: mosada[at]imass.nagoya-u.ac.jp