【研究概要】
名古屋大学未来材料・システム研究所の長田 実 教授、安藤 純也 博士後期課程学生らの研究グループは、「食品用ラッピング」の要領で、原子1個分の厚さの「フィルム」をラッピングし、原子1個単位で厚さを精密に制御したナノ材料の合成を可能とする「原子層コーティング法」を開発しました。
この原子層コーティング法を、従来合成が困難であったパラジウム(Pd)ナノシートに適用することで、原子9個、11個、13個、15個分の厚さのナノシートの精密合成を実現し、世界トップクラスの性能を持つ水素発生触媒の開発に成功しました。
今回の成果は、Pdナノシートを原子レベルで設計・制御する新しいプロセスを提供するものであり、ナノシートを利用した高性能触媒の開発や、使用量を大幅に削減した新しい触媒設計への重要な手がかりを与えるものと期待されます。
本研究成果は、2024年8月5日付米国化学会科学誌「Nano Letters」のオンライン速報版に掲載されました。
【研究背景】
パラジウム(Pd)は、有機合成反応用の触媒、燃料電池の電極触媒、排ガス浄化触媒などとして広く使用されている重要な貴金属注3)です。Pdは貴金属の中でも地殻埋蔵量が極めて少ないレアメタル(希少金属)であり、現在の主要産出国は、ロシア、南アフリカ共和国であり、この2カ国で世界全体の産出量の約8割を占めています。また、白金やニッケルの副産物として取れるため、貴金属の中でも希少性が高い金属とされています。このため、Pd使用量の削減を実現する新技術の開発が急務となっています。
近年、Pdを触媒として効率的に利用するための手段として注目されているのが、分子レベルの薄さのナノシートです(図1)。従来のPd触媒には、粒子径が数nmから数十nmという球状のナノ粒子が利用されていますが、触媒反応は、粒子の外側に露出している表面で進行するため、内部に埋もれているPd原子は、触媒として活用されず無駄になります。一方、全てが表面ともいえるナノシートでは、ほぼ全ての部分が触媒反応に利用されるため、触媒活性の大幅な向上とともに、Pd使用量を大幅に削減した高性能触媒の開発が可能となります。しかしながら、従来の合成手法では、触媒応用に最適な分子レベルの薄さ(厚さ1~3 nm)のPdナノシートの合成は困難であり、原子レベルでの材料設計と精密合成を可能とする新技術の開発が待ち望まれていました。
【研究内容と成果】
本研究グループでは、貴金属ナノシートの精密合成手法の開発を進めており、今回、原子1個単位で厚さを精密に制御したナノシートの合成を可能とする「原子層コーティング法」を開発しました。この方法は、「食品用ラッピング」のような要領で、原子1個分の厚さの「フィルム」をラッピングする方法です。まず「中身」となるPdナノシートを用意しておき、このナノシートに原子1個分の厚さの「Pdのフィルム」をラップするようにコートすることで、厚さを精密に制御したナノシートの合成を実現しました。
「中身」となるPdナノシートは、我々が昨年開発したワンポット法注4)により合成しました。このワンポット法では、75 ℃の低温下、汎用的なガラス瓶のワンポットでナノシート合成が可能であり、厚さ約1.8 nm、横サイズ約50 nmで、厚さ・大きさの揃った六角形状単結晶Pdナノシートが合成できます。このナノシートは、Pd原子9個分に相当する1.8 nmの厚さを有しており、これを「中身」として用います。このナノシートに対し、① ナノシート両面に水素原子が吸着、② 吸着した水素原子がPdイオンを還元、③ Pdの自己還元と堆積、という3段階の反応により、原子層コーティングが実現し、原子1個分の厚さのPdのラッピングが可能となりました(図2)。
透過型電子顕微鏡による構造解析の結果(図3)、得られたナノシートはPdの単結晶であり、9層(厚さ1.8 nm)のナノシートを出発として、1回のコートで11層(厚さ2.2 nm)のナノシート、2回のコートで13層(厚さ2.6 nm)のナノシート、そして3回のコートで15層(厚さ3.0 nm)のナノシートの合成が実現しており、単結晶性を保ちつつ、厚さが2層(0.4 nm)ずつデジタル的に増加していることを確認しました。これは1回の原子層コーティングにより、ナノシートの両面に原子1個分の厚さのPdフィルムが単結晶コーティングできていることを示唆しており、原子1個単位の原子層制御が実現できているものと言えます。これまでも種々の方法により、Pdナノシートの原子層制御が試みられてきましたが、Pd錯体を高圧反応容器内で一酸化炭素(CO)ガスにより還元する方法などが主に利用されていました。これらの方法は、毒性のCOガスを使う危険な方法であることに加え、不純物が混在し、Pdナノシートの精密合成が困難であるという問題点がありました。それに対して、今回開発した方法は、毒性のCOガスや特殊な反応容器等は必要とせず、低温でのワンポット合成と水素ガスのバブリングにより簡便に精密合成ができます。また、70 %以上の高収率で原子層制御できていることを確認しています。
今回開発した分子レベルの薄さ(厚さ1~3 nm)のPdナノシートに対して、次世代のクリーンエネルギーのキー技術である水素発生触媒の性能を検討しました。原子9個、11個、13個、15個分の厚さのPdナノシートについて触媒特性評価を行い、従来の既往の貴金属ナノ粒子触媒と性能を比較しました(図4)。その結果、Pdナノシートは、従来の貴金属触媒を凌駕する高い触媒活性を示し、さらに原子層数に応じて触媒特性を制御できることを確認しました。以上の結果は、水素発生触媒としてのPdナノシートの有用性を示すとともに、高性能触媒開発の重要な指針になるものと期待されます。
【成果の意義】
今回の成果は、Pdナノシートを原子レベルで設計・制御する新しいプロセスを提供するものであり、ナノシートを利用した高性能触媒の開発や、使用量を大幅に削減した新しい触媒設計への重要な手がかりを与えるものと期待されます。
さらに、Pdは触媒だけでなく機能の宝庫であり、電子部品、歯科材料、宝飾品など、我々の身近で広く利用されている便利な素材でもあります。今回の原子層コーティング技術は、ナノシートだけでなく、広くナノ材料に適用可能であり、広範な技術分野において、Pdの使用量の削減を実現する新技術としての発展が期待されます。
【図面と説明】
図 1 ナノ粒子とナノシートの比較
触媒反応は、粒子の外側に露出している表面で進行するため、従来のナノ粒子触媒では、内部に埋もれているPd原子は、未利用部分として無駄になる。一方、全てが表面ともいえるナノシートでは、ほぼ全てが触媒反応に利用されるため、触媒活性の大幅な向上とともに、Pdの使用量を大幅に削減した高性能触媒の開発が可能となる。
図 2 Pdナノシートの原子層コーティングのイメージ図
Pd原子9個分(厚さ約1.8 nm)のナノシートを「中身」として用い、このナノシートに対し、① ナノシートの両面に水素原子が吸着、② 吸着した水素原子がPdイオンを還元、③ Pdの自己還元と堆積、という3段階の反応により原子層コーティングが実現し、原子1個分の厚さの「Pdのフィルム」のラッピングが可能となる。
図 3 Pdナノシートの透過型電子顕微鏡像
9層(厚さ1.8 nm)のナノシートを出発として、1回のコートで11層(厚さ2.2 nm)のナノシート、2回のコートで13層(厚さ2.6 nm)のナノシート、そして3回のコートで15層(厚さ3.0 nm)のナノシートの合成が実現しており、単結晶性を保ちつつ、厚さが2層(0.4 nm)ずつデジタル的に増加していることを確認した。
図 4 今回開発したPdナノシートと既往の貴金属触媒の特性比較
特性比較には、ターフェル勾配と呼ばれる電気化学反応速度と過電圧との関係を用いた。今回開発したPdナノシートは、従来の貴金属ナノ粒子触媒と比較して「ターフェル勾配」が非常に小さいことが分かった。水素発生触媒は、水の電気分解によって水素を発生させるが、「ターフェル勾配」の値が小さいほど、小さな電圧で効率的に水素発生量を増加させることができる。この結果は、Pdナノシートが従来の貴金属ナノ粒子触媒と比較して、より小さなエネルギーで水素を発生させられる、環境にやさしい触媒であることを示している。さらに、ナノシートは、原子層数により、触媒特性を制御できることが明らかになった。
【用語説明】
注1)ナノシート:
原子1層、数層からなる物質。代表する物質としては、グラフェン、六方晶BN、遷移金属カルコゲナイド(MoS2、WS2など)、酸化物などがある。(↑ 本文に戻る)
注2)水素発生触媒:
水の電気分解によって水素を発生する触媒。水の電気分解は、太陽光発電や風力発電などのクリーンエネルギー源と組み合わせることにより二酸化炭素を排出することなく水素を発生させることができるため、次世代のエネルギー技術として期待されている。(↑ 本文に戻る)
注3)貴金属:
金、銀、白金、パラジウム、ロジウム、ルテニウム、イリジウム、オスミウムの8種の金属の総称。高い化学的安定性と触媒活性を有することから、触媒材料として高い機能を発揮する。一方で、天然資源としての埋蔵量が極めて少なく価格が極めて高価であることから、その使用量をいかに減らした触媒を作製するかが世界的課題となっている。(↑ 本文に戻る)
注4)ワンポット法(2023年11月14日プレスリリース):
ギ酸トリクロロフェニル(TCPF)をCO源とする新しい合成法。この方法では、汎用的なガラス製サンプル瓶を利用し、TCPFを水、尿素などと一緒に反応させることで、ごく微量のCOが段階的に発生し、高い収率でPdナノシートの合成を実現できる。さらに、今回開発した方法は、特殊な反応容器等は必要とせず、75 ℃の低温下、1時間の加熱で合成できるという安全、簡便な省エネプロセス。https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2023/11/post-588.html(↑ 本文に戻る)
【論文情報】
論文誌 :Nano Letters
タイトル:Atomic Layer Engineering of Pd Nanosheets for an Enhanced Hydrogen Evolution Reaction
著 者 :安藤純也(大学院生、日本学術振興会特別研究員DC1), 山本瑛祐(助教), 小林 亮(准教授), 長田 実(教授, 責任著者)
DOI: 10.1021/acs.nanolett.4c02741
URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.nanolett.4c02741
【研究者連絡先】
未来材料・システム研究所
長田研究室 URL:https://mosada-lab-nagoya.com
教授 長田 実(おさだ みのる)
E-mail: mosada[at]imass.nagoya-u.ac.jp