【研究概要】
名古屋大学未来材料・システム研究所の長田 実 教授らの研究グループは、酸化物、酸化グラフェン、窒化ホウ素などの二次元物質(ナノシート)の高速・大面積成膜法(自発集積転写法)の開発に成功しました。操作は簡便であり、水面へのインク滴下と基板転写のみで、1分程度の短時間で成膜が完了します。まず、純水を入れたビーカーにナノシートのインクを数滴滴下することで、水面で流氷が並ぶように、ナノシートが自発的に並んで、ナノシート緻密膜が形成されます。このように形成したナノシート緻密膜を金魚すくい、紙すき操作で基板に転写することで、ウェハーサイズ、A4サイズのナノシート膜の成膜を実現できます。本技術は、専門的な知識、技術の必要がなく、高品質なナノシート膜の大面積成膜が可能であり、ナノシートの各種デバイスの工業的製造に向けた重要な技術に発展するものと期待されます。
本研究成果は、2024年7月7日付材料科学誌「Small」のオンライン速報版に掲載されました。
ポイント
◊ 二次元物質(ナノシート※1))の高速・大面積成膜法を開発
◊ 水面にインク数滴滴下でナノシート膜を形成、金魚すくい、紙すき操作で基板に転写
◊ 1分でウェハーサイズ、A4サイズのナノシート膜の成膜を実現
【研究背景】
グラフェンや無機ナノシートなどに代表される二次元物質(ナノシート)は、高い電子・イオン移動度、高誘電性、透明性、高耐熱性など、従来のバルク材料とは異なる機能の発現が期待され、エレクトロニクス、エネルギー分野での応用が期待されています。こうした優れた機能を最大限に引き出してデバイス化するためには、ナノシートを様々な基板表面に稠密配列※2)し、薄膜を作製することが重要となります。ナノシートの薄膜製造については、化学気相堆積(CVD)法※3)、ラングミュア・ブロジェット(LB)法※4)などの適用が検討されてきましたが、高品質な大面積ナノシート膜の成膜技術が未確立なことや、現行の基板転写プロセスに多くの課題があり、実用化、社会実装が立ち遅れています。これらの課題を解決し、ナノシートのデバイス開発、工業化を推進するためには、大面積ナノシート膜を簡便かつ短時間で実現する新プロセスの開発が強く求められていました。
【研究成果】
本研究グループでは、酸化物、酸化グラフェン、窒化ホウ素などのナノシート・インクを利用した新規成膜技術を検討する中で、水面で流氷が並ぶように、ナノシートが自発的に並んで、15秒程度の短時間でナノシート緻密膜が形成するユニークな現象(自発集積現象)を発見しました(図1)。さらに、この現象を利用して形成したナノシート緻密膜を基板に転写することで、ナノシートの高速・大面積成膜を実現しました。
インクには、ナノシートのコロイド水溶液※5)(濃度:0.36 wt.%)とエタノールの1:1の混合溶液の利用が好適であり、エタノールの蒸発の際、アルコールの濃度差によりナノシートの対流が生じ、効率的なナノシートの配列制御が実現します。成膜操作は簡便であり、水面へのインク滴下と基板転写のみで、1分程度の短時間で成膜が完了します。まず、純水を入れたビーカーにナノシートのインクを数滴滴下することで、水面で流氷が並ぶように、容器の外側からナノシートが自発的に並んで、ナノシート緻密膜が形成されます(図1a, b)。このように形成したナノシート緻密膜を、金魚すくい、紙すき操作で基板に転写することで、ウェハーサイズ、A4サイズのナノシート膜の成膜を実現できます(図1, 2)。原子間力顕微鏡※6)、共焦点レーザー顕微鏡※7)による膜質評価の結果、ナノシートがジグソーパズルのように緻密に配列しており、高品質なナノシート膜の大面積成膜が実現していることが明らかとなりました。
本技術は、酸化物、酸化グラフェン、窒化ホウ素などの様々な組成、構造のナノシートに適用可能であり、極めて汎用性の高い成膜技術といえます(図3)。また、容器のサイズを変えることで大面積ナノシート膜の作製も可能であり、横サイズ30センチの大型容器を利用することで、A4サイズのPETフィルム、アルミ箔上など、様々な形状、材質の基材上への成膜も可能となります。
上記、水面へのインク滴下と基板転写の1連の操作で、1分程度の短時間でナノシート単層膜(膜厚1~2 nm)の成膜が実現します。この成膜操作を連続して繰り返すことで、単層膜を重ねた多層膜作製も可能であり、ナノシートの厚み単位で膜厚を精密に制御した多層膜作製を実現しています。本技術により作製した多層膜は、透明導電膜、誘電体膜、光触媒膜、腐食防止膜、日射遮蔽膜など、各種機能性薄膜として優れた機能を発揮します。
本技術は簡便かつ1分程度の短時間で成膜が完了するため、CVD法、LB法などの従来の薄膜製造では困難であった100層、200層といった多層厚膜の成膜が出来る点も大きなアドバンテージです。さらに、本技術により作製したナノシート多層膜は、極めて安定であり、多層膜をNaCl水溶液に浸漬し、基板から剥離することで、ナノシート自立膜の作製も可能となります(図5)。このようにして作製したナノシート自立膜は、ナノシートの優れた電磁気機能とともに、高い機械的強度と柔軟性を具備しており、絶縁膜、伝導膜、電池、ガスバリア膜、センサーなどへの応用に好適です。
【成果の意義】
今回開発した手法は、専門的な知識、技術の必要がなく、簡便、短時間、少量の溶液で、高品質なナノシート膜の大面積成膜、自立膜を実現できるため、ナノシートの工業的な薄膜製作法、ナノコーティング法として重要な技術に発展するものと期待されます。また、本技術は、従来の薄膜プロセスの主流である真空製膜装置や高価な装置を利用せず、室温・水溶液プロセスで様々な基材への薄膜製造が可能となるため、環境に優しいエコプロセスとしても重要な技術になるものと期待されます。
【図面と説明】
(a) 成膜操作のイメージ図。(b) 酸化チタンナノシートの成膜操作。(c)金魚すくい転写のイメージ図。(d)金魚すくい法による酸化チタンナノシート単層膜の転写。(e) 2インチSi基板上に成膜したナノシート単層膜の光学写真と(d) 共焦点レーザー顕微鏡と原子間力顕微鏡(挿入図)による膜質評価.ナノシートがジグソーパズルのように緻密に配列していることが分かる。
(a) 市販の料理用容器を利用したナノシート膜の成膜.(b) 成膜前のPET基板と(c) 酸化グラフェン(GO)ナノシート膜の写真。(d) 共焦点レーザー顕微鏡による膜質評価。ナノシートがジグソーパズルのように緻密に配列していることが分かる。
(a) Ti0.87O2, (b) Ca2Nb3O10, (c) RuO2, (d) Cs2.7W11O35, (e) GO, (f) h-BN, (g) MoS2, (h) MXene (Ti3C2Tx)。(挿入図)各種ナノシートインクの写真。 原子間力顕微鏡による膜質評価。ナノシートがジグソーパズルのように緻密に配列していることが分かる。
(a) 単層膜と多層膜の写真。(b) 200層積層膜の断面走査型電子顕微鏡像。(c−e) Si基板、Al箔、PET基板上に作製した10層積層膜の断面透過型電子顕微鏡像。 電子顕微鏡像から、基板上にナノシートが原子レベルで平行に累積した積層構造が確認されており、ナノシートの緻密性、平滑性を維持して積層した高品位多層膜が実現している。
図5.酸化チタンナノシート自立膜
(a) 100層積層自立膜の写真と(b) 走査型電子顕微鏡像。(c) 500層積層自立膜の写真。(d) 500層積層自立膜をアルミナ多孔質基板に転写した膜。 作製したナノシート自立膜は、高い機械的強度と柔軟性を具備しており、様々な基板へ2次転写し、デバイス作製も可能となる。
【用語説明】
※1)ナノシート:
原子1層、数層からなる物質。代表する物質としては、グラフェン、六方晶BN、遷移金属カルコゲナイド(MoS2、WS2など)、酸化物ナノシートなどがある。(↑ 本文に戻る)
※2)稠密配列:
ナノシート同士の隙間や重なりを生じさせることなく、トランプを並べるように、秩序正しく配列している状態。ナノシートの優れた機能をフルに引き出して、機能性薄膜を作製するためには、こうした稠密配列膜の実現が重要となる。(↑ 本文に戻る)
※3)化学気相堆積(CVD)法:
熱やプラズマを用いて、原料ガスを反応性が高い状態にすることで基板上に目的の物質を成長させる方法。グラフェン、六方晶BN、遷移金属カルコゲナイドの薄膜作製に利用されている。(↑ 本文に戻る)
※4)ラングミュア・ブロジェット(Langmuir-Blodgett:LB)法:
気−液界面でナノシートなどのナノ粒子を集積し、薄膜を作製する方法。ナノシートのコロイド溶液をトラフと呼ばれる浅いプールに展開し、気−液界面に拡がったナノシートをバリヤーで圧縮後、固体基板に転写することでナノシートがタイルのように基板表面に隙間なく被覆した単層膜を得ることができる。この手順で分子層1層に相当するナノシート1層の成膜が可能であり、この操作を繰り返すことで1 nm単位で膜構造、組成を精密に制御した超薄膜を作製することができる。(↑ 本文に戻る)
※5)コロイド水溶液:
直径1 nm~数百nm程度の微粒子が液体中に分散した溶液。ナノシートは、分子レベルの厚さ(0.5~3nm)とμmオーダーの横サイズを有する異方性形状の微粒子であり、負電荷(または正電荷)を帯びているため、溶媒中に安定に分散したコロイドとして得られる。(↑ 本文に戻る)
※6)原子間力顕微鏡:
先端を尖らせた探針を使用し、試料の表面と探針の原子間にはたらく力を検出して画像を得る顕微鏡。針が感じる原子間力を電気信号に変える事で、ナノ物質の表面の形状を観察できる。(↑ 本文に戻る)
※7)共焦点レーザー顕微鏡:
高解像度で物質の表面構造や組織、細胞の観察を可能にする先端的な顕微鏡の一種。レーザー光を用いてサンプルを励起し、その反射や蛍光を検出することで、高解像度の三次元画像を生成することができる。(↑ 本文に戻る)
【論文情報】
雑誌名 :Small
タイトル:Ultrafast 2D Nanosheet Assembly via Spontaneous Spreading Phenomenon
著 者 :施 越(研究当時 研究員), 李 紅(大学院生), 常松裕史(研究当時 大学院生), 尾関晴美(研究業務員), 加納貴美子(研究業務員), 山本瑛祐(助教), 小林 亮(准教授), 阿部浩也(大阪大学 教授), Chun-Wei Chen(国立台湾大学 教授), 長田 実(教授)
DOI: 10.1002/smll.202403915
URL:https://doi.org/10.1002/smll.202403915
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【研究者連絡先】
東海国立大学機構 名古屋大学 未来材料・システム研究所
長田研究室 URL:https://mosada-lab-nagoya.com
教授 長田 実(おさだ みのる)
E-mail: mosada[at]imass.nagoya-u.ac.jp