Research

Research Group

研究グループ紹介

白石研究室

数値計算で物の(ことわり) を予言する
コンピューター上で仮想実験

白石研究室のみなさん

C-TECsに設置の計算機システム。高性能コンピュータが並ぶ

 「運動方程式」と言えばニュートンのF=ma(力=質量×加速度)を思い浮かべる方も多いと思いますが、この法則、現在は「古典力学」と呼ばれており、原子や電子といった微小なものの世界では「量子力学」の計算が不可欠となっています。
白石研究室では、原子や分子の並びや結晶が成長する道筋、結合の強さ、電子の動き方、速さ、連なり方、温度などの状況(条件)などを深く考え、量子力学の方程式に基づき、コンピュータを使って解を導き出すといった研究をしています。これにより、未知のミクロな現象の発見や新しい物理現象の予測(予言)が可能になります。また、より良い実験結果を導くために必要なプロセス(条件の変更)を提案する研究や、流れなどマクロな現象の研究も進めています。

 今回は、実験研究の指針決定に理論研究で寄与し、時には思い込みを覆したり、常識を打ち破るような功績を残している白石研究室のみなさんにお話を伺いました。

 

量子力学の考えに基づきコンピュータを使って予測

▶白石研究室では、共通のテーマで研究されていますか?
白石 「最先端の計算を使って導き出す」ということは共通していますが、それぞれに異なる研究をしています。時々、共同で研究することもあるという人もいます。
未来エレクトロニクス集積研究センター(CIRFE/センター長 天野 浩教授)の中では、GaN(窒化ガリウム)のデバイスの劣化や動かなくなる原因、そのメカニズムを実験とほぼ同じモデルを計算機の中で作ってその対処法の提言をしています。例えば「GaN/ 酸化物界面の酸素の欠損はホールトラップになるので、それを消すにはマグネシウム一緒に入れるといい」といったことを理論的に提案するんです。

▶「振動発電素子(デバイス)の微視的な仕組みを解明」というプレスリリースをされましたね。
白石 私には、世の中に大きく貢献したと自負している研究成果が4つあるんですが、これはその1つ。微小な振動により発電するという、SiO2を使った電力を自給自足するデバイスなのですが、負の電荷がどう溜まるのかというメカニズムを量子力学により解明し、信頼性が一層上がるプロセスを予言したんですね。そして、実験したら予言通り信頼性が向上するなることが確認され、今年(2024年)ある企業から製品化されました。
例えば高速道路の橋に亀裂が入っていないかのチェックに使用できます。車が通る振動で発電するので、ちょっとしたカメラと照明なら十分な発電量なんです。電池の交換は半永久的に不要ですし、他にも水道管の中とかね、用途はたくさん考えられます。

白石 賢二 教授
《プロフィール》
1988年3月 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程博士課程修了(理学博士)、1988年4月~2000年12月 NTT基礎研究所、2001年1月~2007年9月 筑波大学大学院数理物質科学研究科助教授、2007年10月~2013年5月 筑波大学大学院数理物質科学研究科教授
2013年5月~2015年9月 名古屋大学大学院工学研究科教授、2013年10月~現在 名古屋大学未来材料・システム研究教授

●趣味・好きなこと/SKE48の応援をすること

役立つ研究が商品開発につながり量産化

▶夢が現実になったと言えるようなデバイスですね。他にもまだ世の中に貢献している研究成果があるのでしょうか。
白石 はい。USBメモリなどで知られるフラッシュメモリ、最近はSiNを用いたものが使われていますが、SiNのフラッシュメモリは最初は車に載ったんですよ、2009年に。これも当初は、閾値※1が動いてしまうという不安材料があって依頼を受けた訳ですが、それを究明して論文発表しましたらそれがきっかけで自動車メーカーでで採用されまして、今は全世界の車にこのSiN(シリコンナイトライド)のメモリが載っています。車って人の命を預かっているので、信頼のおける理屈がないと絶対に買ってもらえないですから。でも信頼できれば買ってもらえるんですね。今、市場規模はとんでもないことになっています。論文の引用はたったの9件ですけど(笑)

▶元々「世の中に役立つ」ことを意識して研究者を志したのですか?
白石 大学を出てから13年間はNTTで、ずっと「せめて10年先、20年先に役立つことをやれ」と言われ続け、そういう感覚が定着したんだと思います。NTTでは、結晶成長のシミュレーション(物理現象をモデル化し、それを基にコンピュータ上で模擬実験をすること)をやっていました。そこでは産業界へ貢献する成果はないまま、大学時代の先輩にあたる押山先生(後述)の勤務先、筑波大学へ助教授として呼んでもらい、量産化に近いことと、大学でしかできない、生命の起源とかそういったことをやり始めたんです。

▶子供の頃はどんな少年でしたか?
白石 幼稚園の頃は、とにかく園庭の片隅で一人アリンコをずっと見ていました。他の虫も好きで、芋虫を鼻に這わせたり家で飼ったり。小学生になっても、学校に到着する前に毛虫をいつもまでも眺めていたりして、勉強は全然できないし、当時は特殊学級へ入ることを勧められ、成績もずっと最低ラインでした。転機が訪れたのは、中学校で一次方程式を解いた時ですね。全てがわかって、元々図鑑の虫は全部覚えるほど記憶力には自信がありましたし、他の科目も一緒に成績が上がりました。

▶驚きの逸話に伺いたいことが尽きませんが、若者へメッセージを
白石 研究対象によって視点を変えられるような、それでいて深く掘り下げて考える。そしてできたらやっぱり、世の中変えるようなつもりで、気概を持ってやり続けて欲しいなと思います。それをやっていかないと、次の日本はないと思っているので。計算だけでなく、もちろん実験においても。

 

古典物理学の未解決問題「乱流の理論」に取り組む

▶芳松先生はどのような研究を?
芳松 メインで取り組んでいるのは「乱流の理論」です。これは、物理学の未解決問題の1つで、霧の中を探検するような難しさで、今のところゴールが見えていません。流れというのは気体も液体も様々あり、人間の目に見えるもの、見えないものも様々存在しますが「流体」としては同じ扱いになります。これを計算して理論づけるということをしています。するりと流れる場合もありますし、壁に何か突起があったりすると、そこには大なり小なり渦が発生します。

▶計り知れない膨大な動き(流れ)にどうやって向き合われているのでしょう。
芳松 流体の基礎方程式は、ナビエ-ストークス方程式(図1)です。式はきれいに書けるので、これを解けば良いのです。しかし、この方程式は、難しいことでもよく知られています。シミュレーションすると、大小様々な渦がそこかしこに出てきます。未知関数の偏導関数を含む微分方程式が予期せぬ複雑な挙動をたくさん引き起こして、とても複雑な現象になってしまいます。これを どう扱うか?非常に厄介です。

図1:ナビエ-ストークス方程式
《凡例》u 流体の速度、ρ 流体の密度、p 圧力、F 外力、ν 単位密度当たりの粘性係数

芳松 克則 准教授
《プロフィール》
2001年京都大学大学院情報学研究科博士課程修了(博士(情報学))。名古屋大学・同志社大学・科学技術振興機構の研究員を経て、2004年度から名古屋大学助教
2014年同大准教授

●趣味・好きなこと/ゲーム。幼いころから、阪神ファンです。アナログなものも好みます。

▶「流体」「乱流」の予測はどんなところで使われるのでしょうか。
芳松 建築、自動車、機械、環境、数学でも使います。天気予報でも乱流計算を使っています。たとえば、気体をできるだけ遠くまで放出するには、流出口を直角に切るのか鋭角に切るのか、滑らかな形か、どんな形が良いのか計算して予測することもあります。
建築物で、アメリカ ワシントン州のタコマ橋※2という全長約1.65kmの橋が完成後4か月で激しい振動により崩壊した(1940年)際、桁の風下に発生した大きな渦が原因となったことにより、構造物が風を受けて生じる振動についての研究が急速に進展したと言われています。

▶「乱流」に取り組むようになったのは?
芳松 大学のとき、元々数学が好きだったこともあり、卒業研究では微分幾何に触れていましたが、担当教員の異動を機に「流体力学」と出会いました。乱流は、複雑な現象の解明やその理論の構築においては、いろんな可能性についてあるかないかを判別していくことが大事です。ないことを証明できる唯一の学問である数学との相性も良いです。

▶若い人達へ向けてメッセージを
芳松 今は、機械学習、AIが大きな期待を集めています。しかし、しっかりとした論理を展開する能力はAIが主体になっても大事だと思います。また、シミュレーションの結果が正しいのかどうか、AIが出している結果が妥当なのかどうかは、検証しないといけないです。その検証は、これまでの研究との整合性や論理がもとになります。数学や物理の基礎を大事にして欲しいと思います。

 

新しい二次元物質の創成を目指して

▶主に二次元物質※3について研究中とのことですね。
洗平 二次元物質の原子スケールでの構造や性質について計算機シミュレーション用いて予測しています。二次元物質というのは周期性をもって配列したシート状の物質のことで、三次元結晶に比べて極めて薄い物質になります。半導体はますます微細化、集積化が進んでいるので、非常に薄い二次元材料には大きな期待が寄せられています。また、三次元結晶では存在しない新しい特性が生じることも示唆されていて、基礎サイエンスの観点からも注目を浴びています。二次元物質の中でも、シリコンやゲルマニウム、スズなどの14族元素から構成される二次元物質に対して、若手研究者同士でユニットを組んで研究を続けてきました。

▶少しご紹介いただけますか?
洗平 シリコンやゲルマニウムの二次元物質であるシリセンやゲルマネンは非常によく電気を流すことが理論的に予測されています。現在これらは金属上において合成に成功していますが、それではその優れた性質が最大限に利用できないことも知られています。シリセンやゲルマネン固有の性質を測定するためにはどのように合成すればよいのか?そのシナリオを提唱しました。
今も、学内外のメンバーと共に科学研究費学術変革領域(B)の採択を受けて研究を進めています。

洗平 昌晃 助教
《プロフィール》
2007年 東京理科大学理学研究科博士後期課程修了(博士(理学))。早稲田大学・東北大学・筑波大学の研究員等を経て、2013年から名古屋大学助教。

●趣味・好きなこと/ドライブ、ビリヤード

 

フラッシュメモリの記憶の根幹をフローティングステートと命名

▶押山先生は白石教授と学生時代に同じ研究室のご出身なんですね。
押山 そう、7年違いです。彼が大学にいた頃、私は学位を取ってすぐ助手になって。その後I B M(アメリカ)、N E C、筑波大学と渡り歩いて最後東京大学に戻る前だったんですけれど、彼はN T Tにいた時で、助教授のポストが空いていたので筑波大学へ招いたんです。それで、私は立つ鳥跡を濁して行ったものだから(笑)、色々大変だったと思いますが。それでまた付き合いが始まりました。

▶それで名古屋へは白石先生からお声掛けされたのですね。
押山 東京大学は定年になったんですけれども、「富岳」という文科省の成果創出加速プログラムに携わっていたので、どこかに所属したいということで声を掛けてもらいました。
名古屋大学に来てからは、GaN(窒化ガリウム)のエピタキシャル成長※4で、原子がどういう風に来て成長していくかというような計算をしていました。

▶富岳はこれまでどのような研究に利用されていたのですか?
押山 例えばフラッシュメモリー※5。あれってものすごいの。メモリーのユニットに三次元的に100層とか200層とか積み重ねて、電子を捕まえたり離したりさせてるんです。でも、驚くことにどうしてメモリとして働くのか、未だ解明されていないんですよ。みんな使っているけど。
その材料として使っているのは、アモルファス(非晶質)の窒化シリコン(SiN)なんだけれど、これには空間があって、そこに電子が捕まってメモリーとして働くんだと提唱して、僕が「フローティングステート」って名前をつけたんですよ。

▶その提唱(予言)を確証させてくれるような未来の研究者にメッセージを
押山 フローティングステートは、私が東大で教授だった時代の学生の松下くんが、事実として多くの人が知っていることに対して「何でそうなるのかわからん」と言い出して、計算して、その状態を見つけたんです。研究では、ちょっとしつこくしつこく調べて自分で考えることが大事ですよね。
自分に置き換えて考えてみても、計算して予測した通りの結果になった時はとても嬉しいんですけれど、予測と違った時、どうして違うのかを考えて、新たな予測を導き出すことができた時に喜びを感じますから。

押山 淳 特任教授
《プロフィール》
1981年 東京大学博士課程修了(理学博士)、同大助手。1983年 IBM WatsonRes Ctr 研究員、1985年 NEC Lab 研究員、1995年 筑波大学教授(物理学系)、2007年 東京大学教授(物理工学専攻)、2018年 名古屋大学特任教授(IMaSS)

●趣味・好きなこと/酒を飲むこと、ちっちゃい子とお話すること、50歳までつくばで草サッカーしてました。今は見るだけ。高校時代は管弦楽団でフルートを吹いていました。今は音も出ないけど。

用語説明

※1 閾値(しきいち)
感覚や反応や興奮を起こさせるのに必要な、最小の強度や刺激などの(物理)量。境界となる値。
CPU使用率、メモリー使用量等、通信トラフィック量等のパフォーマンスに対し閾値を設定し、その値を境として監視対象サーバーの正常/異常を判断する。(↑ 本文に戻る)

※2 タコマ橋
タコマナローズ橋。風によるあまりに大きい振動が生じていたため、ワシントン大学のフォーカーソン博士とそのグループが、調査のために撮影していたため、崩壊事故の一部始終が記録されることになった。この詳細な記録は貴重な技術財産となった。(↑ 本文に戻る)

※3 二次元物質
厚みが原子1個分から数個分、大体1nm程度以下の物質のこと。多くの二次元物質は、三次元の層状物質の1層だけを取り出すことで得られます。即ち、二次元材料が他の材料と異なる大きな特長は「はがせる」こと。これまで、Siに代表される三次元物質を使った半導体デバイスの更なる微細化には、二次元物質の開発が必須と言われている。(↑ 本文に戻る)

※4 エピタキシャル成長
半導体製造の薄膜結晶成長技術のひとつで、半導体の単結晶の基板上に、新しく単結晶の薄膜を成長させること。 エピ タキシャル成長の利点は基板上に基板と同一、または異なった材料で、導伝度や抵抗を自由に制御でき、構造の自由度が増す点である。(↑ 本文に戻る)

※5 フラッシュメモリー
瞬時にデータを読み書きできて、電源を切ってもデータが消えないメモリ。USBメモリ、SDカードなどが有名。元東芝の舛岡 富士雄氏が1980年代に開発した。(↑ 本文に戻る)

文/構成:IMaSS広報委員会(植木保昭、小西雅代) ~『IMaSS NEWS Vol.17』特集より抜粋