Information & Topics

Information

RESEARCH

デンキウナギの発電器官に未分化様の細胞を発見
~発電細胞の“できかた”解明への第一歩~

 

《本研究のポイント》

  • デンキウナギの発電細胞注1)合胞体注2)という個性的な形態をしている。
  • 発電器官を観察したところ、合胞体になる前の未熟な細胞集団を見つけた。
  • この細胞集団を調べれば、発電細胞を作るために必要な遺伝子が明らかにできる。

 

【研究概要】


 名古屋大学未来材料・システム研究所の桒原 真人 教授、大学院生命農学研究科の飯田 敦夫 助教、本道 栄一 教授らの研究グループは、東京科学大学およびプリンス・オブ・ソンクラー大学(タイ)との共同研究で、デンキウナギ発電器官に存在する未分化様の細胞集団を新たに発見しました。
 デンキウナギは南米に住む地球上で最大最強の発電生物注3)で、記録された最大電圧は860ボルトに及びます。馬をも気絶させる魚として、18世紀にフンボルトによる報告を通じて世界に知られるようになりました。その発電の原理としては、我々ヒトを含む全ての生き物が持っている“膜電位”注4)と呼ばれる仕組みを増強したものだと考えられています。一方で、細胞が実際にどのような遺伝子の働きで発電細胞へと変化し、高電圧の放電を可能としているかは分かっていません。つまり“かたち”は分かっているものの、“できかた”には未知の部分が多いのが現状です。 本研究では、発電細胞の“できかた”を探求する第一歩として、デンキウナギ発電器官の顕微鏡観察から、未分化状態にあると考えられる細胞集団を発見しました。今後、この細胞で働いている遺伝子を調査することで、発電細胞の“できかた”が解明され、発電する細胞を人工的に作ることが可能になるかもしれません。 本研究成果は、2025年5月8日付の発生生物学専門誌『 Developmental Biology 』に掲載されました。

 

【研究の背景】


デンキウナギとは?

 デンキウナギは、ギュムノートゥス科デンキウナギ属に分類される南米原産の淡水魚です。全長は最大2.5メートルに達し、最大で860ボルトの放電が記録されている地球上で最大最強の発電生物です。19世紀にフンボルトが自著の中で馬をも気絶させる魚として紹介し、世界中に知られるようになりました(図1)。多くの人々がその存在に注目するところとなり、ダーウィンも自著『種の起源』の中で、学説の適用が難しい生物群のひとつに発電生物を挙げています。研究者はみんな発電生物が大好きです(個人の感想です)。

図1:発電魚デンキウナギ
A. デンキウナギのバストアップ写真。全長80 cmほど、性別不明。研究室の飼育個体。
B. フンボルトが記した「馬を気絶させるデンキウナギ」の再現画。Schomburgk, Ichthyology. Fishes of Guiana, Part II, ed WB Jardine (The Naturalists Library, London) Vol XL (1843).より引用。

 

発電細胞の“かたち”と“できかた”

 デンキウナギの発電細胞は、たくさんの細胞が融合した『合胞体』構造を持つことが知られています。個々の細胞の発電原理については、我々ヒトを含む全ての動物細胞が持っている『膜電位』と呼ばれる、細胞内外へのイオンの輸送を介した電位生成の仕組みを応用していると考えられています。発電細胞が連続して並ぶことで、電池の直列繋ぎと同じような仕組みを作り、他生物に影響を与える高電圧を実現しているという理解です。すなわち、放電する発電細胞の“かたち”は分かっているのです(図2)。

図2:デンキウナギの発電器官の構造と発電の仕組み
A.デンキウナギの体の構造。内蔵器官は体の頭部に集中し、発電器官を持つ尾部(両矢印)が全長の8割ほどを占める。*は肛門の位置を示す。
B.デンキウナギ尾部の横断面図。イラストで示された横長の板状構造がひとつの発電細胞(合胞体)。背-腹および頭-尾軸に沿って積み重なっている。
C.発電細胞における膜電位生成の仕組み。複数種のイオン輸送体が協働し、頭側を+極、尾側が−極となる電位(150 mV/細胞)を生成する。
D.Cのような発電細胞が頭-尾軸に沿って並び、電池の直列繋ぎのように高電圧を生成する。*図は全て発表論文から引用&改変。

 

 しかし一方で、どのような遺伝子が働いて発電細胞のかたちが作られているのか、その“できかた”はよく分かっていません。デンキウナギが成長すれば発電細胞も増えていくはずですが、新しくできる発電細胞の元になる細胞(前駆細胞注5))もよく分かっていません。もし前駆細胞が見つかれば、働いている遺伝子を調べることで発電細胞の“できかた”を理解することができます。この価値は現代科学において、とても大きなものです。iPS細胞からさまざまな細胞を作り出して再生医療への応用を目指す現代から近未来において、発電細胞の“できかた”を制御する遺伝子情報が分かれば、発電できる哺乳類細胞を人工的に作り出すことも決して夢ではありません。

 

今回の成果

 発電細胞の前駆細胞を探すため、デンキウナギの組織標本を作成して発電器官に相当する領域を徹底的に顕微鏡で観察しました。その結果、発電器官の領域の腹側末端部分に単核細胞で構成された細胞集団を発見しました。その細胞集団から成熟した発電細胞(合胞体)までは連続的に遷移しており、発電細胞の前駆細胞を含むと推測しました。成熟した発電細胞は、電気(膜電位)を作るためのイオン輸送の機能を持つタンパク質を豊富に持ちます。免疫組織化学により、イオン輸送タンパク質のひとつであるNa+/K+-ATPase注6)(NKA)の存在を組織標本中で可視化しました。その結果、背側に位置する成熟した発電細胞(合胞体)ではNKAが豊富に存在していましたが、腹側末端の単核細胞ではNKAの存在は検出できませんでした。すなわち腹側の単核細胞は電気を作ることができない、未熟な細胞であると推測しました(図3)。

図3:デンキウナギの発電器官での発電細胞の細胞分化モデル、および実験データ
A. デンキウナギの発電器官における発電細胞(前駆細胞含む)の移動と細胞分化のモデル。腹側末端に位置する前駆細胞(青色)が背側への移動につれて合胞体形成(緑色)や遺伝子発現の変化(橙〜桃色)を経て、成熟した発電細胞へと変化する。
B. 発電器官の腹側末端領域の電子顕微鏡写真。単核の細胞集団(桃色)のすぐ背側(上方向)に合胞体化した多核細胞(青色)が認められる。
C. Na+/K+-ATPase(NKA)タンパク質の免疫組織化学。背側の発電細胞にはNKAの存在を示すシグナル(茶色)が認められるが、単核細胞のクラスターを含む腹側領域では検出されない。*図は全て発表論文から引用&改変。

 

【成果の意義】


 今回の研究で、発電細胞の前駆細胞の最有力候補と思しき細胞群を見出しました。存在さえ白日の下にさらせば、その細胞内で発現する遺伝子情報の調査が可能となります。いわゆる次世代シーケンサーによる網羅的発現遺伝子解析が次のステップとなります。コストと労力に加え、手法的な試行錯誤は多少必要になりますが、現代の分子生物学を駆使すれば目標は確実に達成できると考えられます。その後に控えているのは、取得した遺伝子情報を用いた発電細胞分化の再現実験です。これはゼブラフィッシュやメダカといったモデル生物を、人為的に発電生物へと変化させる進化発生生物学に加え、培養条件下で発電細胞を構築してバイオマテリアルとして応用する生体工学領域への進出も見据えています。成功へのハードルは少々高いですが、挑戦する価値はあります。

 代表者はこのように「見つけたい」という無垢な知的好奇心に端を発した取り組みであっても、ひとつの結果から一挙加勢に応用までのビジョンを描き加速できる現代の生物学に身を置く悦びに打ち震えながら、今後も魚類の不思議と可能性を探求し続けます。

 

本研究は、松前国際友好財団「2023年度研究奨励金」、日本学術振興会 科学研究費補助金「基盤研究(A)(課題番号21H04637)」、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ事業(課題番号JPMXP1223NU0016)」からの支援を受けて実施されました。

 

【用語説明】


注1)発電細胞(electrocyte):
 発電生物で放電を行う細胞。運動神経からの入力によって生成した膜電位を、体外へと放出する。一般には筋肉が変化して発電細胞になると考えられているが、明確な実験的検証はまだない。(↑ 本文に戻る)

注2)合胞体(syncytium):
 2個以上の核を持つ細胞。単核細胞の融合、あるいは細胞分裂の不全で生じる。デンキウナギ発電細胞の他には骨格筋、哺乳類の胎盤、ウイルス感染細胞の細胞変性効果で見られる。(↑ 本文に戻る)

注3)発電生物(electric organisms):
 体外への放電を攻撃や防御、知覚やコミュニケーションに活用できる生き物の総称。脊椎動物では魚類だけで報告があり、デンキウナギ、デンキナマズ、シビレエイなどが一般的な知名度をもつ。(↑ 本文に戻る)

注4)膜電位(membrane potential):
 陽イオンおよび陰イオンが細胞膜を通過して、細胞内外で不均一となることで生じる電位差。膜電位を利用すれば高速での情報伝達が実現でき、生体内では神経伝達などに用いられている。デンキウナギはこの膜電位をシンプルに“電気ショック”として利用している。(↑ 本文に戻る)

注5)前駆細胞(progenitor cell):
 細胞の形態や性質が専門化(分化)する前の状態。必要とされるまで休眠状態にあり、分化に必要な遺伝子の働きで活性化する場合もある。(↑ 本文に戻る)

注6)Na+/K+-ATPase:
 細胞膜上に存在し、イオンを運搬する性質をもったタンパク質(イオンポンプ)のひとつ。エネルギーを消費してナトリウムイオン(Na+)を細胞の内から外へ、カリウムイオン(K+)を外から内に運搬する。同時に運搬するイオンは3個のNa+と2個のK+であり、トータルでは細胞外に比べて細胞内が負の電位を持つように機能する。他のイオンポンプとも協働して膜電位の維持や変化を制御する。(↑ 本文に戻る)

 

【論文情報】


雑誌名: Developmental Biology
論文タイトル: Ventral-to-dorsal electrocyte development in electric organs of electric eel (Electrophorus)
著者: Sinlapachai Senarat(プリンス・オブ・ソンクラー大学、大学院生命農学研究科)、松本彩子(農学部資源生物学科)、長澤竜樹(東京科学大学)、榊晋太郎(大学院生命農学研究科)、都築大地(大学院生命農学研究科)、内田和子(未来材料・システム研究所)、桒原真人(未来材料・システム研究所)、二階堂雅人(東京科学大学)、本道栄一(大学院生命農学研究科)、飯田敦夫(大学院生命農学研究科) ※太字は名古屋大学関係者
DOI:10.1016/j.ydbio.2025.05.003

 

 

◆名古屋大学 研究成果発信サイトはこちら>>>

◆名古屋大学のプレスリリース(本文)はこちら>>>

 

研究者連絡先


東海国立大学機構 名古屋大学
未来材料・システム研究所
教授 桒原 真人(桒原研究室
E-mail: kuwahara[at]imass.nagoya-u.ac.jp ※メール送信の際は[at]を@に置き換えてください。